主人公アブラハムはアルゼンチンで暮らす88歳の仕立て職人。娘や孫に囲まれて、一見幸せを満喫しているようなシーンから始まる映画は、その後に思わぬ展開をする。実はこの集まり、彼が50年暮らした家を出て、老人施設に入る前夜祭なのだ。
家族が寝静まった深夜、アブラハムはある決意をする。それは、生まれ故郷のポーランドへ向かうこと。70年会っていない友人に、自分が仕立てた“最後のスーツ”を手渡すために……。『家へ帰ろう』は、そんなアブラハムがブエノスアイレスから片道の航空券でマドリッドへ、さらに列車でパリを経由してポーランドへと向かう姿を通じて、彼の旅の真の目的が明らかになってくるロードムービーだ。
飛行機で隣り合わせたミュージシャン希望の青年が、入国審査でのトラブルを通じて同行者になってくれたり、マドリッドで宿泊したホテルでは、全財産を盗まれるアクシデントに遭遇する中で女主人に助けられたり。ドイツを通らずにポーランドへ列車で向かうべく、言葉が通じない駅の案内係に悪戦苦闘していた際には女性文化人類学者が尽力してくれるなど、旅先で出会う人々は温かく彼を迎えて、やさしく支えてくれる。彼らとの出会いや別れを通して、家族に見捨てられたと思い込み、頑なになっていたアブラハムの心が少しずつほぐれていく。その模様を見ていると、いつのまにかこちらも彼の旅の伴走者気分になってくる。
そして、旅が進むにつれてアブラハムの過去もわかってくる。ポーランドで過ごしていた第二次大戦中、ユダヤ人であるがゆえに、ゲットーに送られたこと。さらに、ナチスドイツのホロコーストから命からがら逃れてきたこと。その際に彼を助け、匿ってくれたのが、この“最後の旅”で訪ねる場所にいる友人であること。88歳になるまで彼とのある約束を果たしていなかったこと……。
「老いを認めるのは難しいものだ。ただ、残りの人生を向き合おうと思う」。アブラハムはポーランドに向かう際に、こんな言葉を家族に投げかける。果たして、彼は命の恩人と再会できるのか? それはぜひ映画館で確認してほしい。