映画『ルノワール』──かつて少女だった大人たちのための物語映画【監督・早川千絵さんに聞いた】
撮影・高橋マナミ 文・兵藤育子
前作『PLAN 75』で、高齢者に生死の選択を迫る衝撃的な社会を描き、国内外で高く評価された早川千絵監督。最新作『ルノワール』は一転して、11歳の少女が主人公だ。
「私が映画を作りたいと思い始めたのがこのくらいの時期だったので、当時の断片的なイメージやエピソードを詰め込んでみようと思い、脚本を書き始めました。女の子は特に、自分を取り巻く世界がちょっとずつ違って見えてくる年頃ですよね」
舞台となるのは、早川さん自身も少女時代を過ごした’80年代。テレパシーに興味のあるフキは、闘病中の父と、家事や仕事に追われて苛立ちを隠せない母と暮らしている。
「子どもにとって親は“ちゃんとした大人”だったはずなのに、成長とともに弱点や欠点も見えてきますよね。ちょっとかっこ悪い父や、空回りしている母を見て感じる、哀切みたいなものを描きたかったのです」
両親にとどまらず、フキは好奇心をむき出しにして、さまざまな場所で不完全な大人たちと接触する。その過程で抱く、まだ言葉にならないもやもやした感情を、子どもならではのずる賢さや残酷さも含めて、カメラは静かに追っていく。フキを演じているのは、撮影当時、同じく11歳だった鈴木唯さん。早川さんにとって、彼女との出会いは運命といえた。納得がいくまでやめないつもりで早めに臨んだオーディションの、1人目でフキが現れたのだ。
「この映画を撮りなさいってことなのだと確信しました。監督として子役と映画を作るのは初めてで、どうやったら自然な演技を引き出せるのか不安だったのですが、唯ちゃんは本当に自由で、物怖じしない子でした。とあるシーンで『猫がいるフリをしてみて』とリクエストしたら、『私、思春期で難しい年頃なので、それはちょっとできません』って言われたんです(笑)。結局、希望どおりに演じてくれたのですが、子どもらしさと大人びたところが混在していて、毎日カメラを通してフキを目撃できるのが、本当に喜びでした」
この時代の記憶がある人は、きっと懐かしい思いにも駆られるはず。
「1980年代はインターネットもなかったですし、海外が遠くに感じて、欧米のカルチャーへの憧れが今よりずっと強かったと思うのです。ルノワールのような印象派の絵のレプリカを、日本の狭いアパートに飾って満足しているマインドが、当時の庶民を象徴しているような気がして。物事の本質に目を向けず、消費することにフォーカスして、足元が揺らぎ始めた時代なのかもしれません」
あの頃少女だった“私たち”が、スクリーンのなかで生きている。
『ルノワール』
入退院を繰り返す父、余裕のない母、裕福な家庭の友だち、虚ろな表情で佇む同じマンションの女性、興味本位でかけてみた伝言ダイヤル……。大人の孤独や痛みに触れ、自身も少しだけ大人になる少女の物語。
監督・脚本:早川千絵
6月20日(金)より東京・新宿ピカデリーほか全国公開
『クロワッサン』1143号より
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