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【ノンフィクション編】書店員に聞く、長く売り続けたい本。

日々、膨大な数の本を扱う書店員たちが長く売りたいのはどんな本なのだろう。10年以上読みつがれている4冊に、近著1冊を、ジャンルごとに精通したプロに聞いた。『ブックスルーエ』の花本 武さんの推薦本は?

撮影・森山祐子 文・屋敷直子

[ノンフィクション]事実は小説より奇なりーー自分の中の常識をくつがえす読書体験。

《私が推薦しました》ブックスルーエ 花本 武さん。1977年生まれ。『ブックスルーエ』に10年以上勤め、担当は文庫、新書と歴任し、現在は雑誌。
《私が推薦しました》ブックスルーエ 花本 武さん。1977年生まれ。『ブックスルーエ』に10年以上勤め、担当は文庫、新書と歴任し、現在は雑誌。

吉祥寺駅前から続くアーケード街の一角にある『ブックスルーエ』。雑誌や新刊が並ぶ1階、2階には文庫や児童書、3階はコミックと、どの階にも本好きの熱気が渦巻いている。花本武さんは、おすすめの本のことを語りだすと止まらない。個人的にも興味をひかれるという、ノンフィクションの分野について聞いた。

海外放浪へ誘う永遠の青春の書。26歳、ユーラシア大陸横断のすべて。『深夜特急 1 香港・マカオ』沢木耕太郎 新潮文庫 490円 1986年初版。文庫版は全6巻。
海外放浪へ誘う永遠の青春の書。26歳、ユーラシア大陸横断のすべて。『深夜特急 1 香港・マカオ』沢木耕太郎 新潮文庫 490円 1986年初版。文庫版は全6巻。

バックパッカーのバイブルといわれている『深夜特急』。沢木耕太郎の紀行小説で、ご多分にもれず10代のころに読んで海外放浪の旅に憧れました。描かれているのは香港からロンドンを目指す旅で、最初のころ、マカオでギャンブルにはまるんですね。絶対勝てる法則を見つけたと言いだすところがあって、そんなものあるわけがないので、金を失うことになるんですが、この部分が好きです。格好悪いところも含めて、この旅のことを全部書くぞという覚悟が感じられる。僕はあまり再読はしないほうですが、ずっと手元に置いておきたい。永遠の青春の書として、店で売っていきたい本です。

ぐいぐい読める。クラシック音楽の聴き方を歴史的に読み解く名作。『聴衆の誕生 ポスト・モダン時代の音楽文化』渡辺 裕 中公文庫 857円 初版は、1989年春秋社より刊行。写真は2004年新装版の文庫化。
ぐいぐい読める。クラシック音楽の聴き方を歴史的に読み解く名作。『聴衆の誕生 ポスト・モダン時代の音楽文化』渡辺 裕 中公文庫 857円 初版は、1989年春秋社より刊行。写真は2004年新装版の文庫化。

『聴衆の誕生』は、この表紙だとなかなか手にとらないように思います。僕も他店で開催されていたフェアのポップにひかれて読んでみたんですが、これがおもしろいんですよ。音楽がどのように聴かれ、浸透していったかを追究する内容で、その問いかけ自体にすごく知的興奮を覚えるものでした。一般的な認識では、クラシックは静かに聴いて楽しむものですが、その認識がゆらぐ感じがあります。社会のあり方や世の中の構造に興味があるなら、この本は楽しめると思います。

いまだ記憶に残る凶悪な少年犯罪。事件を追いかける気迫がほとばしる。『女子高生コンクリート詰め殺人事件』佐瀬 稔 草思社文庫 650円 1990年初版の単行本『うちの子がなぜ!』を改題。
いまだ記憶に残る凶悪な少年犯罪。事件を追いかける気迫がほとばしる。『女子高生コンクリート詰め殺人事件』佐瀬 稔 草思社文庫 650円 1990年初版の単行本『うちの子がなぜ!』を改題。

次は、1989年に東京都足立区綾瀬で起こった事件を追った『女子高生コンクリート詰め殺人事件』。実際に起こった事件を題材としたノンフィクションは数多くあって、一般に流れている報道とは違う視点で、事件の本質や真実を見極めようとする点で大事だと思っています。これはとくに、この事件を書かねばならないという著者の気迫がすごい。現場主義だからこその臨場感、ときに冷静さを失うあたりが書き手としての業を感じます。以降、陰惨な事件は続いているわけで、目をそらしてはいけない人間の残酷な部分をとらえていると思います。

この時代に餓死!? 当事者の書き記す救いようのないリアルに戦慄する。『池袋・母子餓死日記  覚え書き(全文)』公人の友社編 公人の友社 1,800円 1996年初版。写真は2017年刊行の新装版。
この時代に餓死!? 当事者の書き記す救いようのないリアルに戦慄する。『池袋・母子餓死日記 覚え書き(全文)』公人の友社編 公人の友社 1,800円 1996年初版。写真は2017年刊行の新装版。

目をそらしてはいけないという意味では、『池袋・母子餓死日記 覚え書き(全文)』。これは事件ノンフィクションの極北といえます。1996年に豊島区池袋のアパートの一室で、77歳の女性と、41歳の長男が餓死しているのが発見された事件がありました。その当事者の女性が死の直前まで書き残した日記です。この本は、店のレジ横、『文藝春秋』や『世界』がある棚にそっと忍ばせてます。これは僕のエゴですが、いろいろな思想をもつ人が見る棚に、この本があることに意味があると思っています。

《近著より1冊》自宅ビルを自力で建設中。その男の意思と現在進行形の記録。『バベる!  自力でビルを建てる男』岡 啓輔 筑摩書房 2,200円 2018年4月24日刊行。
《近著より1冊》自宅ビルを自力で建設中。その男の意思と現在進行形の記録。『バベる! 自力でビルを建てる男』岡 啓輔 筑摩書房 2,200円 2018年4月24日刊行。

最近、一番おもしろいノンフィクションとして自信をもってすすめるのは『バベる! 自力でビルを建てる男』。港区三田に自分の家を自分で建設中の人の話です。著者の岡啓輔さんは設計者であり施工者であり管理者。全部自分でやっている。こうした独自の情熱を傾けている人がいることが心強いです。そして岡さんのこれまでの紆余曲折が1冊の本でわかるということが、ありがたい。読むことで、それまでの自分の考えや視野の境界が揺さぶられる、ノンフィクションにはそういう力があると思います。

ブックスルーエ 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-14-3 TEL:0422-22-5677 9時〜22時30分 無休
ブックスルーエ 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-14-3 TEL:0422-22-5677 9時〜22時30分 無休

『クロワッサン』979号より

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