くらし

『火のないところに煙は』著者、芦沢 央さんインタビュー。怖さと切なさの余韻が続く、ミステリ怪談。

あしざわ・よう●1984年、東京生まれ。2012年『罪の余白』でデビューし、’17年『許されようとは思いません』で吉川英治文学新人賞の、’18年『ただ、運が悪かっただけ』が日本推理作家協会賞短編部門の候補に。ほか『いつかの人質』など著書多数。

撮影・黒川ひろみ

本になる前、ゲラの段階で書店員たちに感想を求めたところ大変な反響を呼んだという話題作だ。

「私のところにも書店員さんから連絡がきて、これ実話ですか? 呪われませんか? って……」

いつか怪談を書くなら、リアリティを演出するモキュメンタリーという手法でと思っていたという、芦沢央さん。その目論みは見事的中。リアリティ溢れる怖さで、読み手のプロである書店員たちを震え上がらせたのだ。

5話の短編と書き下ろしの最終話を加えて一冊となった本書。書き出しは、ゲラを校了したばかりの作家の元に届いた執筆依頼から始まる。『小説新潮』に毎夏掲載される、作家たちの競作からなる怪談特集の依頼だ。ミステリ作家である“私”は、一度は断ろうと思ったものの、神楽坂を舞台にという言葉を目にして、クローゼットに封印した“あるもの”の存在より目を背けてきた悔恨の気持ちから執筆を決意する……。依頼メールの文面は実際に芦沢さんに送られてきたものと同じだという。

「神楽坂で怪談というと、路地裏の非日常に迷い込んで妖を見せられるというイメージがあった。私はあえてそちらではないほうにしようと思ったんです。自分の日常と地続きにあるものをベースに、神楽坂に東京メトロの広告の集積所があるというトリビア的なネタを合わせて。電車の中吊り広告って身近な存在じゃないですか、それと神楽坂という場所を結びつけると、誰にとっても日常的な怪ということでできるのかなと」

そうして書き上げた1話目のあと、ぽつりぽつりと2年近くかけて、5話まで発表してきた。どれもが、思い込みや隣人トラブルというかたちをとって、まずは謎が立ち現れる。一見リアルな日常の風景だからこそ、じんわりと余韻を残す怖さがここにある。

「登場する人たちに根っからの悪人はいない。別に悪意から行動しているわけではないのに、悲惨な結末を迎えてしまう。そういう物悲しさを描きたかった。そして、本を閉じて『ああ怖かった』と言ってすぐ日常に戻れるものではない話にしたい気持ちもあって。本を閉じても閉じきれない、読む人の日常になにか染み込んできてしまうものにしたかったんです」

思いは装丁を手がけたデザイナーや編集者にも伝わって、怖さの余韻に浸れる仕掛けが随所に施されていることもSNS上で話題になっている。“怖い”の連鎖は、まだまだやみそうにない。

新潮社 1,600円

『クロワッサン』980号より

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