くらし

これまでのイメージが一新される世界。『生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。』

  • 撮影・中島慶子(松本さん) 文・嶌 陽子
《引越しのトラックを見つめる少女》 『となりにきたこ』(至光社)より 1970年 ちひろ美術館蔵。展覧会ではこの絵の習作も併せて展示。検討を重ねた末、インパクトのある作品が完成したことが分かる

「子どもの平和と幸せ」を生涯のテーマとして描き続けた、いわさきちひろ。絵本をはじめ、様々なメディアを通じて誰でも一度はその絵を目にしたことがあるだろう。生誕100年を記念して開催されている本展では、新出の資料を交えた約200点を展示。ちひろの足跡や作品に迫る内容だ。「絵本作家の枠を越えて、一人の画家としてちひろを丹念に紹介している展覧会はめずらしい。そのことに、誇らしさも感じます」。そう語るのは、いわさきちひろの孫であり、自身も絵本作家として活躍する松本春野さん。

松本春野さん(まつもと・はるの)●絵本作家。『おばあさんのしんぶん』(講談社)、『ふくしまからきた子』(岩崎書店)、『Life』(瑞雲舎)など著書多数。イラストレーターとしても活躍。

ちひろの代名詞ともなっている、絵の具をたっぷりとにじませた水彩画についても、その技法にあらためて注目してほしいと話す。「あの色彩がにじんだタッチは、絵を描く者の立場から見ると、驚くほど高度な技法の賜物。一見偶然のように見える“にじみ”も、絵の具や水の量、筆を下ろす場所などが緻密に考えられています。また、ちひろの線画を見ると、その的確なデッサン力にも圧倒されます。ずば抜けた基礎力が土台にあったからこそ、あのような伸びやかな絵が描けたのでしょう」。

4章で構成される本展では、幼少期や青春時代のちひろが影響を受けた文化や、画家として歩み始めてから画風が変化していく様子を紹介。それにより、一人の画家が、時代とともにどのような変遷を辿り、試行錯誤の末、独自の画風を確立したのかが浮かび上がってくる。

《ハマヒルガオと少女》 1950年代中頃 ちひろ美術館蔵。夏の海の一場面。水彩のイメージが強いちひろだが、本展では油彩画も見られる。
《ヒゲタ醤油広告》 1950年代前半 ちひろ美術館蔵。画家として駆け出しの頃から、ヒゲタ醤油の広告の仕事は約20年続いた。
《小犬と雨の日の子どもたち》1967年 ちひろ美術館蔵。ちひろの生涯のテーマだった子ども。「媚びが一切ないのに可憐」と松本さん。

「ちひろは、皆がイメージしているような“やさしい絵を描く聖人のような女性”だけでは決してなかった。一人の人間、画家として、葛藤しながら生き方や画法を模索していたはずです。やがて、時代ごとの思想や画壇の影響から少しずつ解放され、自分の描きたいテーマや描き方を自分の意思で確立していった。その足跡をこの展示から感じ取ることができます」(松本さん)。

これまでの「可愛らしい子どもの絵を描く人」だけではない。生涯をかけて、真摯に“自分の描きたい絵”を追求した画家。そんないわさきちひろの魅力とあらためて向き合える展覧会だ。

いわさき・ちひろ●1918〜1974年。代表作は『ことりのくるひ』(至光社)、『戦火のなかの子どもたち』(岩崎書店)など多数。

『生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。』
東京ステーションギャラリー ~9月9日(日)
東京ステーションギャラリー(東京都千代田区丸の内1-9-1)にて9月9日まで開催中。03-3212-2485 営業時間:10時~18時(金曜~20時) 休館日:月曜(8月13日、9月3日を除く)、9月4日 料金:一般1,000円

『クロワッサン』979号より

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