化粧についての一考察。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」 | アートとカルチャー | クロワッサン オンライン
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化粧についての一考察。│束芋「絵に描いた牡丹餅に触りたい」

高校卒業以来、毎日ほぼ欠かさずしてきてること、化粧。よく考えたら、毎日毎日、積極的に一定の時間を取り、継続していることは、化粧くらいしかないかもしれない。私は、とにかく小さい頃から自分の顔が嫌いだった。

「大人になったら綺麗になるの?」と親に聞いたことを鮮明に覚えている。色付きのリップを付けることも許されないのが一般的な公立高校の姿だったので、高校を卒業し、溜め込んだ変身願望を爆発させた私は、化粧に1時間以上かけるようになっていた。化粧で変わっていく顔を見ながら、なぜ化粧をするのかを考えた。結論は「自分の気持ちを化粧によってアゲるため」。

でも、毎日1時間以上かける化粧という行為は、同時に心を疲弊させて行く。気持ちを化粧でアゲたとしても、化粧によって疲弊してしまっていては、元も子もない。要は、満足度を出来るだけ大きい数字でキープしたい。そんな方程式はないか、と考えた。「a=日常的な化粧のレベル」「b=特別な日の化粧レベル」「c=化粧に費やす時間」とする。(b-a)が大きいほど特別な日の気分は上がる。また、日々費やしていた1時間からどれだけ化粧時間を減らせるか、(1時間-c)、この数字は私の新たな自由の時間となる。その双方のバランスを見ながらその価値が最大になる点を探した。

私の出した答えは、日常の化粧レベルaをグッと下げること。自分が思う最低限の化粧を0とした場合、aが0以下のマイナスの域に突入したら、(b-a)の数値はbよりも大きくなり、bの数値を上げなくても満足度は増す。aがマイナスに突入しようと、自分がその顔に愛情を持てればいい話で、自分の顔を愛せるかどうかは、顔が美しいかどうかではなく、自分の人生を愛せているかどうかによってくることも、大人になってわかった。そうして出た私の答えは、洗顔から身支度完成まで10分程度。毎日50分の時間を得たことで、日常生活を少し丁寧に過ごせるようになった。これも、1時間以上を絶対必要な時間として確保していた時代があるからで、その日々も無駄ではなかったと思えている。

束芋(たばいも)●現代美術家。近況等は https://www.facebook.com/imostudio.imo/

『クロワッサン』978号より

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