くらし

【後編】半農半翻訳者の吉田奈緖子さんの「分かち合いで実現した、 仲間との豊かな暮らし」

  • 撮影・三東サイ 文・新田草子

さらに坂本さんは、手作りケーキも持参。中にくるみを入れ、シロップ煮のきんかんをのせて焼いてある。渡邊さんから分けてもらった「キズ卵」も使っているという。
「きんかんは、吉田さんの家の裏でとれたものなんです。シロップ煮にしたのをこの前もらったので、じゃあケーキに使ってみようかな、って」
ずっしりと重いパウンドケーキはさわやかな香りで、もうひと切れ、と止まらなくなるおいしさだった。「これ作り方教えて」「私にも豆乳ヨーグルトちょうだい」。そんなやり取りが交わされつつ、ランチは和やかに進んでいく。

鈴なりのきんかんは、シロップ煮にしておすそわけ。

(左)みんなで吉田さん宅の敷地にあるきんかんの木の実をもぎに。(中)昨年は豊作。木の下のほうだけ収穫し、上の実は鳥たちの持ち分。(右)シロップ煮も大量にできる。風邪予防に、とご近所に配る。
坂本さんにあげたシロップ煮が、香り高いケーキとして戻ってきた。

手に入れたのは、お金がなくても 不安にならない心。

持ちつ持たれつ、互いに惜しみなく。そんなふうに言葉にしなくても、みんなの会話からは、分かち合うことが自然な日常が伝わってくる。

「もちろん、すべておすそわけでは暮らせないから、買った野菜も食べますよ。でも、購入先はほぼ直売所や道の駅。遠くで作られたものは買いません」
そう志村さんが言うと、
「そういうところの野菜は知り合いが作ったものも多い。お金を使うにしても、地域の中で回ればいいですよね」
と、吉田さんが補足する。お金が介在しようとしなかろうと、コミュニティの中で必要なものが循環していけばよい、という考え方だ。
「分かち合いの経済に欠かせないのは、このローカルなつながりです。私も、作って食べる暮らしを目指した当初は、自分でできることをやって節約して、お金は少しだけ稼ぐ暮らしができれば……くらいのつもりでした。でも、自分のすることで喜んでもらい、自分も助けてもらうほうが、お金に頼るよりもかえって安心して暮らせるかも。そう思わせてくれる仲間に出会えたことが、何よりの財産になりました」
南房総に来て以来、家は住み替えてもここを出ようと思わなかったのは、そんな理由もあってのことという。
少ない収入でどう暮らすか。そう、お金を軸に「生きやすさ」を考えていた頃には、思いも寄らないことだった。

「マーク・ボイルは、1年の実験を通じて『お金がなくても生き延びられるどころか豊かに暮らせるのだ』と証明してみせた。まさにそのとおりです」
ちなみに彼は「金なし」の生活を2年近く延長したのち、貨幣経済に依らない暮らしのノウハウも細かく記した2作目を上梓。それも吉田さんが翻訳を担当し、昨年、『無銭経済宣言 お金を使わずに生きる方法』として、同じ出版社から発行された。
「マークのようにお金をまったく使わずに暮らすことはいまの私たちには現実的ではないかもしれません。でも、お金を介さない経済があるということを知って、消費行動をとるときに少しでもそれが心をよぎれば、世の中が違って見えてくると思うんです」
本当に必要か、もっとほかの選択はないか。そう考えるだけで、きっと行動も変わっていくはずだ。吉田さん自身、そうしてよりよいほうへと進んできた。

「おかげで、収入が減っても不安に思わない力はずいぶんついたと思います。人生、もっとやりたいことができそう。そんなふうに感じています」

吉田奈緖子(よしだ・なおこ)●半農半翻訳者。大手書店勤務などを経て、フリーの翻訳者に。現在、マーク・ボイルの3作目となる著書(写真)を翻訳中。

『クロワッサン』966号より

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