「真っ暗で寒いという外の環境をただ書くだけでは極夜の本質は伝わらない。その環境を受けて自分の内面がどう反応したか、何が立ち上がってきたかを書かなくてはと思いました。寝袋に入っていても、うまい表現を思いついたら、バッと起き上がって書き留めたりして。自分のこの体験を伝えるにはどんな言葉を選べばいいのか、かなり考えましたね」
時折ユーモラスな筆致も交じる本書だが、彼の置かれた状況は絶望的にすさまじい。零下30℃、GPSはなく、頼みの綱の六分儀は出発早々ブリザードに吹き飛ばされ、食料も枯渇寸前。狩りをして食いつなぐが、そう簡単に獲物は見つからない。そもそもこれはすべて真っ暗闇の中の出来事、今自分がどこにいるのかさえおぼつかない状況を想像できるだろうか。
「いざとなったら、旅の相棒である犬を食う選択肢もありうるんだということまで考えました……」
筆者が過酷な体験の果てに得たものを、私たちは居心地のよい明るい部屋で読むことができる。実体験には及ぶべくもないだろうが、しかし、選び抜かれた言葉からはおこぼれというにはあまりにも贅沢なものを受け取れるだろう。