『編集ども集まれ!』藤野千夜さん|本を読んで、会いたくなって。
これは完全に実話の「女の星座」です。
撮影・三東サイ
小笹一夫が漫画雑誌の編集部で働き始めたのは1985年の春のことだった。やがて笹子と呼ばれて女性の服装で勤務するのが日常になり、そのことを会社に咎められて退社したのが ’93年の暮れ。
「20年以上の時が流れて、当時の出来事を小説に書いてみると、いまだったらスカート姿でクビになることもないかもしれないので、少しずつ確実に世の中が変わってきているんだなって感じますね」
幼い頃から性別に違和感があり、退職後は笹子のまま生きられる場所を探すことに。’95年に藤野千夜として作家デビューした。
「実体験を小説にすることを私は避けてきたんですが、『D菩薩峠漫研夏合宿』で初めて、高校の漫画研究部の切ない記憶を書いたんです。お兄さま探しの体験を小説にしたのがきっかけで、人の勧めもあり、漫画編集者として働いていた当時のことを書こうと」
入社後すぐに配属された漫画誌で梶原一騎の『男の星座』の連載が鳴り物入りで始まった。
「梶原さん自身が “これは完全なる自伝である” と予告して、漫画界のことも芸能界のことも実話で全部書くって宣言したんですね。それで連載スタートの書き出しが、 “私、梶一太は……” って、そこを仮名で始めちゃうツカミのうまさに感嘆した記憶があります。『編集ども集まれ!』に書いた内容はすべて実話ですが、私こと小笹一夫というのは本名に近い仮名ですし、登場人物の一部も仮名にしました」
’85年から’93年までの漫画界のトピックや編集部の逸話が作中にちりばめられていて、漫画好きにはたまらない。その中に身を置いて、自己表現に目覚める小笹一夫こと笹子……藤野千夜さんの、この小説は「女の星座」である。
「私の心の中の触れたくない部分に入っていく作業だったので最初はどうなるか不安でした。思い出の地を訪ねたり作品を読み返したりするうちに、漫画があってよかったとつくづく思ったんです」
昨年の夏、クロワッサン931号で藤野さんに少女漫画の名ゼリフを選んでもらい、解説文を寄稿してもらったことがある。
「ちょうどこの小説を書いているときで、インスピレーションを得るべく明治大学の米沢嘉博記念図書館に足を運んだ話が作中に出てきます。トキワ荘、手塚プロダクションなど漫画の聖地も巡りました。小説を読んだ方がそれぞれ漫画への愛を思い出したり、気になる漫画家の作品を手に取ったりする橋渡しになればうれしいです」
双葉社 1,700円
広告