ゆるキャラの元祖? 仙厓さんを知っていますか。
撮影・岩本慶三 文・森竹ひろこ(コマメ)
江戸時代に活躍した仙厓義梵(せんがいぎぼん)(1750~1837)という禅僧がいる。地元福岡では「仙厓さん」と親しみを込めて呼ばれ、ユーモアあふれる画で禅の教えを広めた。最近では「ゆるキャラの元祖」「かわいい画」と再評価され話題になっている。今回は、親しみやすい絵と笑いをまじえた独特な視点でどこか作風が似ている? 漫画家の伊藤理佐さんとともに、仙厓さんの魅力を探るべく出光美術館を訪ねた。
「仙厓さんの存在は知っていたけれど、それ以上の知識はなくて」と伊藤さん。展覧会の企画を担当した学芸課の八波浩一さんに解説をしてもらうことに。
「仙厓さんは1750年、美濃(岐阜県)の農家に生まれました。出家して修行を積み、40歳で博多にある日本最古の禅寺、聖福寺の住職に抜擢されます。住職時代は老朽化した寺の修復や弟子の育成に活躍し、還暦をすぎると住職を弟子に譲って隠居。得意の書画を通して禅の教えを広めることに専念し、88歳で大往生したそうです」
もともと絵が上手だった仙厓さん。40代の頃に模写した布袋の絵は、伊藤さんが「うまっ!」と感嘆するほど精密で実写的、現在知られる画風とは全く違うのだ。
「仙厓さんはものすごく上手に絵が描けるのに、簡単な絵を描くようになったきっかけはあったのですか?」
そう尋ねる伊藤さんに八波さんは、「時期ははっきりしないのですが、仙厓さんには、絵の達人・浦上春琴(1779〜1846)に作品を披露したという伝説があります」
春琴は仙厓さんの画を絶賛した。でも同時に、あまりにも上手なので後生画家としての評価だけが残り、優れたお坊さんとしての徳が忘れられるのではないかと憂いた。
「仙厓さんはそれを聞いたとたん、『わかりました』とピーッと自分の絵を破ったそうです。それ以来、絵が単純化していったといわれています」
「かわいい画」に隠された 深い禅の教え
仙厓さんの代表作は、布袋さんと子どもが月見をしている「指月布袋画賛」。
「邪気がないですね、本当に子どもをこんなふうに描けたら楽しいだろうな」
伊藤さんの頬がゆるむ。
「禅では、月は悟りの境地を表しています。禅で目指すのは満月のような円満な悟り。しかしあてもない修行は心細いと、つい教義の書いてある経典に頼ってしまいがちです。でも、それでは月を指す指を見ているだけで、悟りには遠いですよという教えが、この画には込められています」
「なるほど。絵はかわいくても、けっこう厳しいですね。そもそも仙厓さんは、かわいいと言われることをどう思っているでしょうか」
「仙厓さんは、『世の中の絵は美女のようなもので、人が笑うのを憎む。でも仙厓の絵は戯れのようなので、人が笑うのを愛す』と書いています。かわいいと思ってニッコリ笑ってもらえれば、まずはそれで満足だと思います」
仙厓さんは犬や猫、蛙などの生き物も、闊達に表現している。犬好きだったため、犬の画は多く残しているが、純粋な猫の画は少なく「猫の恋図」は貴重な一枚。「犬図」は、杭に繋がれた子犬がお母さんを慕っているのか、「きゃふん、きゃふん」と鳴いている姿が描かれている。
「かわいいですね、子犬らしくコロッとしていて」と伊藤さんはにっこり。
「実はこの絵にも、禅の教えが込められています。子犬は紐につながれて身動きができないようですが、よく見ると杭は地面から外れているか、埋められているとしても少しだけです」
おー、確かに。
「自分から動けばどこにでも行ける、と伝えたかったのでしょうか」と伊藤さん。八波さんがうなずき、「そこが仙厓さんが一番伝えたかったところだと思います。この犬は目的地に行こうと思えばすぐ行けるのに、動こうとしない。世の中のしがらみや既成概念に捉われて、ほんらいの自由を忘れて一歩を踏み出せない人間の姿を描いているとも解釈できます」
うーん、と感心する伊藤さん。
「キャーかわいいと見ていたら、実はとっても深い意味がある。その差がおもしろいですね」
『クロワッサン』935号より
●伊藤理佐さん 漫画家/1969年、長野県生まれ。作品に『あさって朝子さん』『なまけものダイエット』『やっちまったよ一戸建て!!』等多数。
●八波浩一さん 出光美術館学芸員/1962年、福岡県生まれ。成城大学大学院博士課程修了。1992年より出光美術館に入り、現在、同館学芸課長代理。