『おはなしの時子』朝比奈あすか 著──等身大の老境が伝わってくる小説
文字から栄養。ライター・瀧井朝世さんの、よりすぐり読書日記。
文・瀧井朝世
いくつになっても前向きに新しいことに挑戦! というフィクションは、もちろん楽しめるけれど、身近には感じない。絵空事だと思う。本書も高齢者が新しいことに挑む話ではあるが、しかしこれは、すううううっと心に沁み込んで身につまされるものがあった。ちゃんと、老境の寄る辺なさが描かれている。ああ、自分は老境のこういう等身大の心境を読みたかったのだ、と思った。
主人公の時子は79歳。10年前に夫は他界、一軒家で独身の長男と一緒に暮らしている。ある時、孫を騙る詐欺電話にひっかかり大金を取られ、固定電話を解約することに。元電話交換手であり、家の電話に思い入れのある時子は孫の協力を得て、解約までの間、自宅の番号を「おはなし電話」としてSNSに公開する。そこに至るまでの紆余曲折や、「おはなし電話」で繋がる他者とのエピソード、そして時子の日常生活そのものが丁寧に描かれていく。
大切な人を亡くし、自分の未来にも限りがあると実感する中で抱く寂しさは、若い時分の孤独感とはまた違う。心もとなさを感じながらも凛として生きる主人公に、今後の生き方のヒントを得た気持ち。この先また読み返したい。
『クロワッサン』1171号より
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