なぜ私たちはスヌーピーが好きなのか──アートディレクター・祖父江 慎さん × イラストレーター・坂崎千春さん
撮影・小川朋央 文・嶌 陽子 撮影協力・PEANUTS Cafe サニーサイドキッチン
1950年の誕生以来、世代を超えて愛され続けているスヌーピー、そして漫画『ピーナッツ』の仲間たち。子どもも大人も夢中になる理由とは? スヌーピーの大ファンだという2人が、その魅力を深く掘り下げる。
「おしゃれなアメリカを感じて、最初は手が出せなかったんですよ」
左:祖父江 慎(そぶえ・しん)さん アートディレクター。1990年、デザイン事務所コズフィッシュ設立。常識を覆す書籍の装丁やデザイン、展覧会のアートディレクションなどで注目を集め続けている。
「父が買ってきてくれるコミックがスヌーピーとの出会いでした」
右:坂崎千春(さかざき・ちはる)さん イラストレーター。1998年より絵本作家、イラストレーターとして活動。「Suicaのペンギン」をはじめ、多くのキャラクターデザインに携わる。
坂崎千春さん(以下、坂崎) 祖父江さんが初めてスヌーピーに出会ったのはいつ頃なんですか?
祖父江慎さん(以下、祖父江) 高校生ぐらいかな。名古屋の文房具店にスヌーピーのグッズが入ってきたんですよ。ダイアリーとかペンとか、日本では見ないような文具で、おしゃれなアメリカと自分とのギャップを感じて、欲しいと思いながらもなかなか買うところまではいかなくって。そのうち、隣の本屋の回転ラックでコミックが並んで売られているのを見て感動しちゃいましたよ。
坂崎 私もその本を持ってます! ツル・コミック社のですよね。
祖父江 そうそう。英和対訳本でね。親に勉強しなさいって言われることなく、勉強してるふりをして漫画が読めるぞと思ったんです。
坂崎 それも私と同じですね。私は小学校2〜3年生の頃に出会ったんです。我が家では漫画は買ってもらえなかったんですが、これなら英語が書いてあって勉強になるからいいよって、父親が買ってきてくれたんですよ。それがすごくうれしくて。結局日本語訳しか読んでなかったんですが(笑)。
祖父江 絵だけでもすごく新鮮なタッチでね。ストーリーを追わなくても、全てのコマが絵として素敵なんですよ。僕が最初に惹かれたのはグッズだったけど、どのコマもそのままグッズにできちゃうくらい魅力的なんです。
坂崎 確かに、1コマ1コマがイラストとして成立しているのがすごいです。
祖父江 1コマだけでもずっと見ていられて、飽きない。そういうところ、坂崎さんの描く「Suicaのペンギン」にも近いですよね。
坂崎 私自身、そういう絵が好きなんですよね。
ただの可愛い犬じゃない、スヌーピーの自由さも好き
坂崎 『ピーナッツ』のストーリーもすごく好きです。日本の漫画だと、主人公が元気で「冒険しよう!」みたいなものが多いけど、チャーリー・ブラウンにはちょっと諦念みたいなものが感じられて、それが面白い。
祖父江 確かに「人生うまくいってない」感じがありますよね。登場人物みんな、何かしら悩みやダメなところがあるし。そんなキャラクターって日本にはあんまりいなかったかもしれない。
坂崎 スヌーピーもただの可愛い犬じゃないですよね。チャーリー・ブラウンのことを「丸頭の子」って呼んでたりしてなついているわけでもなく、好き勝手にしているところもいいなあと。
祖父江 チャーリー・ブラウンのことを自分のごはんを渡しにくる人だと思ってるんだよね(笑)。ほかに好きなキャラクターはいますか?
坂崎 ウッドストックやライナスも好きですね。祖父江さんは誰ですか?
祖父江 初期に好きだったのは埃だらけの男の子、ピッグペン。ポケットから埃まみれのチューインガムを出してチャーリー・ブラウンにあげるシーンが好きで。大人になってからは、マニアックなんですが、レイモンド。ビーグル・スカウト(ウッドストックの仲間たち)の一員。出番はほとんどないんだけど、黄色い小鳥たちの中で一匹だけ紫色なの。僕がみんなに馴染まない子が好きっていうのは、ピッグペンにも通じるところがあるかも。
坂崎 すごくレアなキャラクター。祖父江さんは相当詳しいですよね。最初にスヌーピーに関する仕事をしたのはいつだったんですか?
祖父江 2001年です。『ピーナッツ』は新聞に毎日掲載されていたのですが、サンデー版は特別でコマも多くカラーだったんですよ。そのサンデー版だけをオールカラーで書籍化するという仕事でした。その仕事が後のスヌーピー展やスヌーピーミュージアムの仕事につながっていったんですよ。
坂崎 毎日続いた連載のうち、サンデー版だけがカラーだったんですね。
祖父江 そうです。でもね、届いた原稿には色がついてなかったの。シュルツさんが指定した色の見本をくださいってお願いしたんですが、「資料がなくてわからないから決めてください」と出版社の人に言われてびっくりしちゃって。今ではちゃんとどんな色で掲載されていたのか資料があるのですが、当時はなかったんです。想像しながら色を指定したのですが、実際はどんな色だったのか、すごく気になってね。その仕事が終わってから、確認のため当時の新聞を集めるようになりました。そのうちモノクロのデイリー版の掲載のされ方も気になっちゃって、今じゃ事務所は『ピーナッツ』だらけなの。
坂崎 今日もたくさん持ってきてくださってますけど、これもごく一部ということですね。
祖父江 こうやって見ると、新聞のザラ紙に印刷されていて、版ずれ(印刷の際、版の位置がずれてしまう状態)や網点(印刷物の濃淡を表現するための網状の細かい点)が目立つでしょう。僕のスヌーピーとの出会いはつるっとした清潔な印象のプラスチックグッズだったから、それとは違う雰囲気にキュンとしたんですよね。(アートディレクターを務める)スヌーピーミュージアム東京でも、壁面のデザインは網点や版ずれを再現しているんです。
坂崎 絵もあらためて見るとやっぱりいいです。ぐるぐる揺れているような味わいのある線も好きですし、黒い線だけで絵を描くところなどは、無意識のうちに影響を受けているかも。
祖父江 雨を描く線もすごいんですよ。勢いがあるし、キャラクターの顔にも平気で被せているんです。
坂崎 50年近く新聞連載が続く中での変化も興味深いですね。初期のスヌーピーは鼻が長くてかなり犬っぽいけれど、後期になるにつれ、だんだん丸みを帯びてくる。もともとはビーグルなんだけど、もはやビーグルじゃなくてスヌーピーという生き物になってます。
祖父江 表情は、初期のほうがわかりやすくて、後期はむしろ無表情ですね。
坂崎 表情が出すぎると、人間ぽくなってしまうと思うんです。無表情だからこそ、擬人化されつつも動物らしさが出るのかなと。それに無表情のほうが、解釈の余地が増えるのかも。
時代と共に変化するスヌーピーの表現
祖父江 坂崎さんのペンギンも、あまり表情がないからずっと見てられるんだと思う。感情が明確に出ているとそのうち飽きちゃいそうだけど、無表情だといつ見てもこちらの気持ちに応えてくれるものね。元気がある時とない時では違って見えたり。描く時はそのあたりを意識してるんですか?
坂崎 無表情でいつつ、ちょっとした視線の動きや体の傾きで何かが感じられるといいなと思ってます。シュルツさんは余白の活かし方も上手ですよね。同じような場面なのに、余白の中でキャラクターの位置をほんの少し動かすことで伝わるものがある。
祖父江 本当にちょっとしたことで、見え方が違ってくるものね。
坂崎 小鳥のウッドストックのセリフが棒線で表現されていて、読者には内容がわからないけれど、スヌーピーだけがわかるという描き方も面白いです。
祖父江 読者がイメージする余地をたくさん作っているんですよね。
坂崎 あと、スヌーピーっていろいろコスプレしてますよね(笑)。スケートしたり、飛行機に乗ったり、宇宙飛行士になったり。それも可愛い。
祖父江 初期の犬でいることは好きじゃないスヌーピーが、人間の真似をして二足歩行をこっそりするシリーズも面白いですね。いろんなことに対して夢があるんですよね。確か、ペンギンにもなっていませんでしたっけ。
坂崎 そうなんですよ。比較的初期の頃だと思いますが、ペンギンの真似をしているシーンがあります。
祖父江 ぬいぐるみの真似までしてるんですよ。しかも、それを再現した“ぬいぐるみのふりをしているスヌーピー”のぬいぐるみまであるの(上写真)。おかしいよね。
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