くらし

調理定年を迎えた親の食事、どうサポートする? 料理研究家と医師が語り合う「高齢者の食事」。

調理定年を迎えた親に、できるだけすこやかな食生活を送ってほしい。
そのためにできることを考えました。
  • 撮影・黒川ひろみ 文・嶌 陽子
右・親がなるべく自分でできるよう、 見守ることも大切だと思います。(医師 石川みずえさん ) 左・頻度も量も決めずに、無理なく親におかずを送っていました。(料理研究家 林 幸子さん )

離れて暮らす高齢の親の食事が心配だという人は、決して少なくないはず。今回は、作りおきを約20年親に送っていたという料理研究家の林幸子さんと、高齢者医療を専門とする医師の石川みずえさんが登場。林さんが実際に送っていたというおかずを見ながら、親の食事について語り合った。

\林 幸子さんの仕送りごはんのポイント/

1.食べきりサイズで小分けにする
2.容器は使い捨てがよい
3.温め方、食べ方を一言プラス
4.こちらの都合で負担なく送る

基本の親ごはん 一汁二菜

1.鶏肉の梅煮

鶏もも肉2枚は細かく切り目を入れ、厚さが均等になるようにして塩・こしょうする。筋のあるほうから巻いて成形し、たこ糸でくくる。フライパンを熱して油適量をなじませ、鶏肉とぶつ切りの長ねぎを入れて焼き色をつけ、梅干し4個、梅酒、水各1/2カップを加えて汁気がなくなる直前まで煮る。しょうゆ大さじ1を加えて絡めながら煮詰める。

2.ほうれん草と焼き椎茸のごまマヨ和え

ほうれん草1束は洗って水気をきりすぎずにラップし、電子レンジ600Wで3分加熱。水にとって冷まし、水気を絞る。生椎茸は軸と共に網で焼いて薄切りに。すりごま大さじ3、マヨネーズ大さじ2、しょうゆ大さじ1/2、出汁大さじ1、塩ひとつまみを混ぜ、3cmに切ったほうれん草と椎茸を和える。

1.あさりと三つ葉のみそ玉

ボウルに味噌大さじ4と粉がつお大さじ1を入れてゴムベラでよく混ぜ、あさりの水煮缶の汁小さじ1を入れてゆるめる。あさりと刻んだ三つ葉を混ぜて6等分に分け、ラップで茶巾に絞って留める。

みそ玉をラップで茶巾包みにすればいつでも味噌汁が飲める。

みそ玉は1人前ずつをラップで茶巾包みに。ほかの具を使う時は酒でゆるめるとよい。「飲む時は底の部分をハサミで切ってお椀に絞り出すと楽です」

石川みずえさん(以下、石川) この味噌を丸めたものは何ですか?

林幸子さん(以下、林) 「みそ玉」と呼んでいて、味噌に出汁となる粉がつおを混ぜ、具を加えて丸めたものです(上)。このまま送って、親はお湯を注ぐだけで味噌汁が飲めます。

石川 それは便利そうですね!

 ほかによく作っていたのは鶏肉の梅煮(上)。一人暮らしの親が作るには少しハードルが高いと思って。ほうれん草と焼き椎茸のごまマヨ和え(上)もおすすめ。青菜は1束買うと一人暮らしには多すぎますからね。

石川 1回で食べ切れるように小分けにしたり、食べ方などをメモしたテープを貼ったり、細やかな配慮がたくさんですね。こういうおかずを長年お母さまに送っていたとか。

容器を洗ったり回収したりするのは親子とも負担になるので使い捨て容器が便利。100円ショップなどで購入。

 大阪で一人暮らしをしていた母が2年前に施設に入るまでですね。とはいえ、頑張ってやっていたわけでは全くないんです。義務になってしまうとつらいので、頻度も量も決めず、気が向いた時にだけ送っていました。自分たちのおかずを作る際に、ちょっと多めに作ってお裾分けするという感覚です。

石川 さっき容器に小分けにされていたものを見たら、かなり少なめという印象を受けましたが……。

 1回食べきりサイズにして、自分たちが食べる量の半分を基準にして入れていたんです。それだとちょっと少ないと分かっていたんですが、残してしまうより「食べきれた」というポジティブな感覚を持ってくれたほうがいいかな、と思って。

石川 なるほど、そこにも配慮があったんですね。

 1人分のご飯を炊くのは面倒だろうからと思って、炊いたご飯を茶巾しぼりにしたものや、料理にも使えるし、そのまま飲んでもいい出汁を送ったりもしていました。手料理だけではなくて、母を訪ねた際にデパ地下のお惣菜を買って行ったこともありましたよ。食べておいしかったら次に自分でも買うかなと思って。「こんなものもあるよ」と提案するような気持ちで持って行きました。

一人暮らしになると急に料理が面倒になる。

石川 実は私の母も、半年前に父が亡くなって一人暮らしになってから、料理をほとんどしなくなったんです。父がいた頃は作っていたんですが。

 家族がいると、面倒でも家族のために作ろうと思えるけれど、一人になると「面倒」だけが残ってしまうんでしょうね。それに年をとると、献立を組み立てることも大変になってくるようですし。

石川 「一人だからいいのよ」という感じで、つい簡単なものですませてしまいがちなんですよね。私の自宅から車で1時間くらいのところに住んでいるので、週に2度通って、一緒に食事を作ったり、おかずの作りおきをしています。林さんみたいに全然細やかではなくて、容器に作った日付を貼って冷蔵庫に入れておくぐらいですが。

料理の内容や温め方などを書いたマスキングテープを容器の蓋に貼って。手書きの一言で気持ちが伝わる。

 一緒に作るのはコミュニケーションもとれるし、親にとっては刺激にもなるからいいですね。私の場合、離れて暮らす親に送っていたから、そこまで刺激にはなっていなかったのかも。とはいえ、送ってしばらくしてから「あれ食べた?」って電話すると母も「おいしかった」なんて返してくれて、食べ物がコミュニケーションツールにはなっていました。やり取りしていると母の変化にも気づけますし。

石川 私の母は86歳なんですが、少し認知症が始まっていて、2人で台所に立つと、段取りがだいぶ分からなくなってきているなと感じます。昔は当たり前だった目分量も分からなくなっているようで、たとえばお味噌汁を作る時も味噌の分量が明らかに少ないんです。横で見ていて「それじゃあ味が薄くなるよ」なんて内心で思いながらも、黙って見守っています。

 見守ること、観察することは大事ですよね。私も昔、亡くなった義理の母と同居していたんですが、いろいろなことができなくなってくる中で、なるべく手出ししないようにしていました。自分でやってしまったほうが早いんですが、そうすると親の仕事を取ってしまいますからね。

石川 できることはなるべく自分でやってほしいので、手を出しそうになってもぐっと我慢しています。もちろん火の元など、気をつけなければならないことはありますが。

 高齢の人にはよくIHクッキングヒーターが勧められますが、特徴を理解していないと逆に危ないと思います。炎という目に見えるものがないので、ヒーターまわりが熱いかどうかが分からない。実際、私も置いてあったボウルを素手でつかんでしまい、火傷したことがあったんです。もし使うなら、50代のうちから慣れておいたほうがいいと思いました。

石川 私が診ている高齢の患者さんでも、新しい設備の住まいに引っ越したところ、使い方が分からなくて何もできなくなり、認知症状が一気に進んでしまうという人がかなりいます。そこは注意が必要だと思いますね。

パンやおにぎり、お菓子に偏り 肉・魚、野菜が不足しがち。

石川 高齢の方で栄養が偏っている人はすごく多いです。今はコンビニでも1人分のお惣菜が並んでいますが、どうしてもパンやおにぎり、お菓子といった簡単に食べられるものに手が伸びるので、肉・魚や野菜が不足しがち。そこに具だくさんの味噌汁を加えるだけでもぐっとバランスがよくなると思います。バランスよく食べることは免疫力に関わることでもあり、やはり大切ですから。

 毎回何品もおかずを用意しなくても、丼ものでもいいですしね。

石川 自分の母親を見ていても、何種類か作りおきしておいたおかずのうち、自分の好きなものは一気に食べてしまうんですよ。反対に、全く手をつけていないおかずもあって、気の赴くままに食べている感じです。食欲があるだけでもいいかなと思っているんですけどね。食べやすさや嗜好などが、頭で考える栄養バランスに勝ってしまうんでしょう。

 私も少量ずつ小分けにして送っていましたが、「おいしかったからいっぺんに食べたわ」と言われるものもあれば、「多すぎた」と言われるおかずもありました。

石川 常に少量しか食べない人も多い印象です。お弁当などの宅食サービスを利用している人も、1回分の食事を2回に分けて食べているという人が圧倒的に多いですね。

 おかずが一度にいろいろ並んでいるのを見ると、目でお腹がいっぱいになってしまうのかもしれませんね。義理の母が晩年に介護施設に入っていたのですが、そこでの食事の様子を見ていてもそうでした。

石川 食べる量が少ないと、それだけで脱水症になるので要注意です。食べ物には常に水分が含まれているので、食事量の低下している高齢者は脱水症になりやすいんです。

 それは気をつけないと。もう一つ、義母があまり食べなかった原因を考えてみると、介護施設の食事は基本的に全部が薄味なんですよね。それだと刺激がないのではと思ったんです。義母自身は医師から特に減塩を指示されていなかったので、時々しっかり味つけをしたおかずや甘いものを差し入れすると、すごく喜んでいました。外食にも連れて行ったんですが、焼肉店に行った時なんて「おいしい!」と喜んで食べていましたよ。

時にははっきりした味つけのものが喜ばれることも。

石川 医師から特に指示がないのなら、食欲がない時はおかずの味は濃くてよいと思います。おかずを食べる量が少ないと、摂取するミネラルが減り、低ナトリウム血症などで活気がなくなる原因になるからです。味が濃いほうがご飯も進みますし。

 極端な話、たとえほかのおかずが塩分ゼロでも、一つだけはっきりした味つけのものがあるほうが親にとって刺激になるのかも、と思いました。栄養学的にはよくない考えでしょうけど。

石川 私も本当に食欲が落ちている患者さんには、何を食べてもいいとお話ししています。プリンやアイスクリーム、カステラなどは栄養価も高いので、ごく少量しか食べられない方、病後の方にはお勧めしていますね。

医師の指示がない限り食欲がない時は濃いめの味でOKです。

最初から正解を目指さず、 長いスパンで捉えるのがコツ。

石川 同居していないと親がどんな食生活を送っているのかはなかなか把握しづらいですが、時々親の家を訪れるくらいでも、家の様子で分かることはいろいろとあると思うんです。

 お菓子やパンがテーブルの上に置いてあるとか、冷蔵庫の中に賞味期限切れのものがたまっているとかね。

石川 そうですね。もし外部のサポートが必要だと思ったら、介護保険サービスにもいろいろな選択肢があり、場合によっては食事の支援も受けられます。ケアマネージャーなどと相談しながらよい方策を見つけてほしいです。

 私は親に作りおきを送りながら、自分自身がすごく勉強させてもらいました。「年をとるとこういうことが難しくなるんだ」とか「こんな食事がいいんだ」とか。おかげで自分の老後を冷静にとらえられるようにもなりました。もしも親に作りおきを送ってみようと思う人がいるなら、最初から正解を目指さず、親とコミュニケーションをとりながら少しずつ調整していってほしい。そしてくれぐれも無理をせず、気楽にやってみてと言いたいです。

石川 林さんのお話を伺っていて、自分自身を追い詰めずに親をサポートしているところが自分と共通しているのかもと思いました。それが大切なことなのかもしれません。あまり細かいことを気にしすぎず、長い目で見ながら自分にできる範囲でサポートを続けていけたらと思います。

汁漏れが心配なおかずは容器にラップを敷き込んで包む。

容器にラップを敷いて汁漏れを防止。「食べる時はラップごとレンジで温めて」。ラップはきれいに包みすぎず、留めてあるところがわかるようにするとよい。

マスキングテープは色を変えて見やすく。

マスキングテープは「おかずごとに色を変えると親も区別しやすい」。一言メッセージも目を引くように別の色で。

小ぶりな段ボールに詰めてクール便で送るのがおすすめ。

冷凍だと解凍するのが面倒だったり冷凍庫に入れたままになることもあるため、基本は冷蔵で。小さな箱に詰め、夏場は保冷剤を入れてクール便で送付。

密封できてかさばらない、シーラーも頼りになる道具。

ポリ袋の開口部を熱で溶着して密封するシーラー。 親に作りおきを送る際、かさばらず、汁漏れの心配もないので便利。家庭用の手頃な価格のものも。
林 幸子

林 幸子 さん (はやし・ゆきこ)

料理研究家

東京・表参道の料理教室「アトリエ・グー」主宰。テレビや雑誌、書籍で活躍中。著書に『親に作って届けたい、つくりおき』(大和書房)など多数。

石川みずえ

石川みずえ さん (いしかわ・みずえ)

医師

産婦人科医を経て老人医療の道へ。現在、東京・文京区にある大森医院の院長、龍岡介護老人保健施設の施設長。

『クロワッサン』1110号より

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