現代アートを支える人の、凛と静かな着物スタイル ーー アート・プロジェクト・マネージャー 手錢和加子さんの着物の時間
撮影・青木和義 ヘア&メイク・高松由佳 着付け・奥泉智恵 文・西端真矢 撮影協力・東京オペラシティ
工芸美術家にオーダーしたバッグを中心に組み立てたコーディネイトです
現代アートの作り手と企業や行政機関をつなぎ、双方に利益をもたらしていく。手錢和加子さんはそんな“アート・プロジェクト・マネージャー”という新しい立場で活動している。海外との折衝も多く、グローバル時代を体現する人だが、出身は出雲の旧家。着物をはじめ和の伝統文化が暮らしの中に生き生きと根づいている環境だった。
「島根県は江戸時代後期の藩主・松平不昧(ふまい)公が茶の湯を深く愛した影響が今も残り、お茶が大変盛んです。我が家でも毎朝10時に抹茶、午後3時に煎茶を頂く習慣があり、お茶やお道具に日常的に親しんで育ちました」
6歳からは琴を習い、毎年の発表会では必ず着物で演奏。季節の行事にも着物を着ることが多かった。だからなのだろう、東京の大学に進学した後も、おしゃれの選択肢の一つとしてフラットに着物を選んでいたという。
「古書街・神保町の喫茶店でアルバイトをしていたのですが、仕事が終わると着物に着替えて友人に合流して。臙脂(えんじ)色の格子模様などモダンな雰囲気の紬を着ていました」
その後、イギリス留学、ギャラリー勤務と現在につながる修業時代は着物から遠ざかっていたが、独立後、茶の湯を正式に学ぶと決め、不昧公ゆかりの流儀『不昧流』に入門すると再び着物に袖を通すことが多くなった。
「だから、人生のほとんどの時間を着物とともに過ごしているんですよね。そういえば、結婚式は出雲大社で挙げたのですが、祖母も母も着た振袖に、髪はかつらではなくすべて地毛で文金高島田に結ったんですよ」
そんな手錢さんの今日のコーディネイトはバッグを中心に組み立てたという。
「服地や小物など布製品に絵付けをする工芸美術家・藤井陽介さんに、最近、バッグをオーダーしたんです。私が出雲出身だと話すと雲を描いてくださって。ふだん、藤井さんの作品はやさしい印象のものが多いのですが、私のバッグはとてもモダンに。どうやらクールなキャラクターだと思われたようです」
そのバッグに、伝統工芸士・保科信による角通し模様の江戸小紋を合わせた。
「母方の叔母から躾糸(しつけいと)がついたまま譲られたもので、裾へ向かって灰紫色から薄墨色へとぼかし染で染められた凝った一枚です。バッグのクールなイメージと釣り合うよう、あえて白一色で模様を織り出した袋帯を合わせました。三分紐の芥子色を挿し色にして、出雲の塗師・5代小島漆壺斎作(しっこさい)の梅の図柄の帯留めを。5代目と親しかった祖父が、祖母への贈り物として注文したものです」
そんなコーディネイトを、たとえばアートプロジェクトのレセプションにゲストとして参加する日に着てみたいという。
「今日の江戸小紋も無地感覚の着物ですが、色無地に特に心惹かれるんです。暖色でも寒色でも、上質な綸子地に色が乗った時に生まれる透明感、そして、着用した時のぽってりとした落ち感も好みです。現代アートの現場では、主役はあくまでも作品。わっと柄のある訪問着よりは色無地を択び、遊び心や季節感は帯で控えめに表現して。日本の民族衣装である着物を楽しみたいと思います」
『クロワッサン』1135号より
広告