「ワンピースを選ぶように、着物のおしゃれを楽しんで。」エディトリアル・プロデューサー・富川匡子さんの着物の時間。
撮影・青木和義 ヘア&メイク・高松由佳 着付け・奥泉智恵 文・西端真矢 撮影協力・パレスホテル東京 フランス料理『エステール』
着物と帯は、伝統的な、コーディネイトを大切にしています。
『美しいキモノ』元編集長、と聞くと、ちょっと身構えてしまうかもしれない。今年で創刊71年を数える老舗着物専門誌。富川匡子さんはその第11代編集長を務めた。
「最初から着物に詳しかったわけではないんですよ」と振り返る。「祖母は毎日着物を着ていましたが、育ったのは普通の家庭です。私自身はヨーロッパに憧れていて、留学もしました。編集者を志し、たまたまご縁があったのが和文化に強い婦人画報社だったんです」
看板雑誌の『婦人画報』は、伝統工芸や伝統芸能に深く切り込んだ記事で知られる。その編集部に7年在籍した後、
『美しいキモノ』に異動した。染織・和装の生き字引のような編集者が居並ぶ中、一番の若手だったという。
「どちらの編集部でも、先輩に多くを教えていただきました。一方、ファッションページは、スタイリストを入れず編集者自身がコーディネイトするのが当時の方針。美しいキモノ編集部も毎号京都と東京の問屋さんをセレクトに回ります。何百反という反物を見ることがそのまま勉強に。今でも番頭さん並みに手早く反物を巻き取れるんですよ」
そんな日々の中で特に大きな薫陶を受けた人がいる。染織研究家の故・木村孝(たか)さんだ。
「着物のコーディネイトについて、先生がある時『自然を思えばいいのよ』とおっしゃって。『自然の中にある色同士であれば、必ず調和がとれるのだから』という言葉を大切にしています。40歳で編集長への打診を受け、私でよいのかと大変悩んだ時に相談したのも先生でした。『今の年齢でお話が来たのも天命ですよ。お受けなさい』と背中を押してくださり、心が決まって」
こうして編集長就任後、打ち出したのは〝ファッションとしての着物〟ということだった。
「着物は伝統であり、世界に誇る日本の染織技術の粋ですが、まず第一に、着るもの。まつり上げて式典の服にするのではなく、たとえば、こちらのフランス料理『エステール』さんのようなレストランにおしゃれをして出かけたい時、ワンピースと並んで着物が選択肢に入る。そんな存在であることを目指しました」
その意識は富川さん自身のコーディネイトにも表れている。たとえば、バッグの選択。今日〈レディ ディオール〉を合わせたように、
「必ず洋のメゾンから選び、すべてを和でまとめないようにしています。着物は京友禅の名門『染の百趣 矢野』の訪問着で、繊細な筆致に一目惚れしたもの。同系色の帯や小物を合わせてもよいのですが、私は、どちらかというと、反対色でメリハリをつける伝統的な取り合わせが好みです。『龍村美術織物』の黒地の花菱模様の袋帯、帯締めにも『渡敬(わたけい)』の朱色の高麗組を入れました」
富川さんはその後『婦人画報』編集長を務め、今年、満を持して個人事務所を設立した。特に力を入れている取り組みがあるという。
「木工、金工、染織……。今、伝統工芸の世界で若い才能が続々と頭角を現し、海外から注目を集めています。日本人のほうが情報が遅れているくらい。内外の様々なチャンネルを通じて彼らに光を当てていきたい。日本の工芸文化の継承に貢献できたらと願っています」
『クロワッサン』1131号より
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