考察『光る君へ』38話 中宮・彰子(見上愛)と近過ぎる敦康親王(渡邉櫂)の元服を急ぐ道長(柄本佑)…『源氏物語』という虚構が、現実に影響を及ぼし始めた
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
まひろさまは、まことに根がお暗い
まひろ(吉高由里子)視点で見るききょう──清少納言(ファーストサマーウイカ)の顔と「光る君の物語、読みました」の言葉から始まった。なにを言われるのだろう? というまひろの一瞬の緊張ののち「引き込まれました!」という絶賛の言葉が。
「あんなことを、ひとりでじっとりとお考えになっていたなんて驚きましたわ! まひろさまは、まことに根がお暗い」
思わず(※褒めてます)と注釈を入れたくなるような、けなされてるんだか褒められてるんだかわからない言葉。しかし、かつてのふたりの関係……腹を割ってなんでも語れる仲に戻ったようなききょうの明るい口調を褒め言葉だとまひろは受け取った。しかも、しっかり読み込んでくれている。
「玉鬘の君に言い寄るところの、しつこいいやらしさなど呆れ果てました」
光源氏が養女とした、夕顔の忘れ形見・玉鬘。二十四帖「胡蝶」から二十五帖「蛍」にかけて、36歳の光源氏は10代の彼女を口説くのだ。信頼して世話になることにした養父から突然女性扱いされて驚き、どうしてよいかわからず、震える玉鬘に光源氏が囁く。
「どうしてそんなに嫌がるのです。今まで私は気持ちを押し隠して、誰にも悟らせずにきたのですよ。あなたも周りに気づかれないようにふるまってください。養父として慈しんでいる愛に更にまた違う形の愛が重なるのだから、こんなにも愛される女性は世の中でも滅多にいないというものですよ」……。
いや無理無理無理無理無理無理! 読んでいて思わず叫んでしまうくらいのいやらしさ。
ちなみにこの台詞の後の「いとさかしらなる御親心なりかし」を、与謝野晶子は、「変態的な理屈である」と訳していて笑う。本当にそうよ、さすが与謝野晶子よ。
そこをききょうは「男のうつけぶりを笑いのめすところなぞ、まことにまひろ様らしくて」と評価する。漢籍の知識、そして現実を物語に組み込んで構成していることがわかるのは、同じく漢籍に造詣が深い作家であるききょうだからこそだ。
しかし、昔のような楽しい会話はそこまで。「ききょうが自分と一緒に中宮・彰子(見上愛)に仕えてくれたら」というまひろの言葉で、空気は一変する。
ききょうの皇后・定子(高畑充希)への忠誠心は変わっていない。なにゆえ『源氏物語』を書いたのか、一条帝(塩野瑛久)の御心から『枕草子』を──定子の思い出を消し去るように、左大臣・道長(柄本佑)から命じられたのかと、まひろに問いただす。
まひろ「帝の御心を捉えるような物語を書きたいとは思いました」
31話(記事はこちら)を振り返る。確かに道長からの依頼ではあったが、光と影の物語、生身の人間のありようと己の人生を全て注ぎ込んだ物語を書きたいという情熱に突き動かされてまひろは筆を取ったのだ。
ききょう「私は腹を立てておりますのよ、まひろ様に! 源氏の物語を恨んでおりますの」
定子の仇である道長の依頼を受けたまひろに怒っている、帝の心から定子の面影を消し去ろうとする『源氏物語』を恨んでいる。作品を恨んではいても、友であったまひろを恨んではいない。怒りと恨みは別のものだ。
『光る君へ』は、史実としては直接の接触はあったのか不明である紫式部と清少納言を、旧知の仲──お互いの才能を認め合った友と設定した。この作品で、ききょうが怒り嘆きつつも、紫式部の才能と生み出された作品を高く評価する清少納言であることに心底感動したし、まるで清少納言が乗り移ったかのような素晴らしい演技を見せてくれたファーストサマーウイカにスタンディングオベーションを贈る。
敦成親王呪詛
寛弘6年(1009年)。敦康親王(渡邉櫂)11歳。まもなく元服……藤壺から出てゆかねばならぬので嫌だという敦康親王に、彰子は、
「ゆくゆくは帝になられる敦康様ですゆえ。ご元服されねば」
中宮である自分が皇子・敦成(あつひら)を産んでも、一条帝第一の皇子である敦康が次の東宮、そして即位することを露ほども疑っていない彰子の言葉に、行成(渡辺大知)の表情が曇る。36話(記事はこちら)、皇子誕生前は彼もそのように考えていたのだが、いざ敦成親王が生まれてみると、そうも言い切れなくなってきたということだろうか。
敦康親王と敦成親王。ふたりの皇子が存在する藤壺で、事件が起こる……敦成親王呪詛である。
慌てて異変を知らせにきた百舌彦(本多力)から厭符(えんぷ)を見せられて瞠目し、体がぐらりと揺れる道長。11話(記事はこちら)で一条帝即位の高御座に呪符代わりに置かれた子どもの生首を取り除き「穢れてなぞおらぬ」と言った男だ。穢れや呪いの類を信じていない。しかし、32話(記事はこちら)で安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)から「呪詛も祈祷も、人の心のありようなのでございますよ」この言葉を聞いた後は、呪詛に対する考えは変わっただろう。
愛娘・彰子の息子、自分の孫である敦成を呪うほど、その存在を憎んでいる者がいる。その事実に戦慄を覚えるのだ。政治家として予想しなかったわけではないだろうが、いざ厭符という現物をつきつけられると心乱れずにはいられない。
捜査の結果、呪詛の実行犯として円能が捕らえられ、主犯が明らかになった。「呪詛の依頼者は伊周(三浦翔平)の縁者であり……」とナレーションがあったが、これは前回・37話(記事はこちら)で敦成親王誕生により敦康親王の東宮立太子が脅かされることを危惧し「このままではおられませぬ!」と伊周に訴えていた高階光子(兵藤公美)と源方理(阿部翔平)である。首謀者が伊周本人ではないため、陣定でも高階光子らについては死罪か否か、明法博士の勧進に従うべき(※法律の専門家に先例を調査させ報告に従うべき)という意見で統一されたものの、では円能の自白に名前が出てこなかった伊周はどうするか? という道長の問いには、全員がちらりと隆家(竜星涼)の様子を窺い黙り込む。
厳罰に処して、これ以上恨みを買うことは避けたいという道長の判断により、高階光子らは官位剥奪、伊周は参内停止という処分でこの件は落着した。
宮の宣旨藤に心打たれる
まひろに宮の宣旨(小林きな子)が声をかける場面は、しみじみと心に沁みた。
宮仕えは生活のためだろうと理解を示した上で、家に残してきた娘と「上手くいっていないのであろう?」と看破する。なぜわかるのかと驚くまひろに、私もそれなりに世のことは学んできたからの、と笑う。
『源氏物語』には、紫式部の曾祖父・藤原兼輔の和歌、
「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな」
(親心は真っ暗ではないのだが、我が子のためという道では迷ってしまうのだよ)
これが、たびたび引用されている。宮の宣旨も当然『源氏物語』は読んでいる。思い悩む親心についてのこの歌が何度も出てくることから、まひろの秘かな悩みを見抜いたのかもしれない。そして、
「夫婦であっても親子であっても、まことに分かり合うことはできぬのではなかろうか。さみしいことだが……」
自分自身のこれまでを振り返っているのか、人生経験豊かな女性の表情に心打たれた。
職場でやっかまれる要素があり過ぎるまひろだが、今のところ直接的で苛烈な嫌がらせを受けずに済んでいるのは、女房たちを統括している宮の宣旨が、こうして一人ひとりに声をかけているからかもしれない。
父・兼家の野望そのもの
伊周の嫡妻・幾子(松田るか)からの報せを受けて駆けつけた隆家が見たものは、呪詛に心身を蝕まれた兄の姿だった。いや、呪詛ではない、己の心から何年も噴き出し続けた憎しみに食われたのだ。獣のように人形を嚙み砕く伊周に、隆家はなすすべもない。
道長は嫡男・頼通(渡邊圭祐)を呼び出し、あることを宣言する。この38話で一番動揺したのは、伊周の狂乱ではなくこの場面だ。
道長「我らが為すことは、敦成様を次の東宮に為し奉ること。そして、一刻も早くご即位いただくことだ」「本来、お支えするものがしっかりしておれば帝はどんな方でも構わぬ」「いかなるときも我々を信頼する帝であってほしい。それは敦成様だ」
「家の繁栄のためではないぞ、民のためだ」
自らの血を引く皇子を東宮にし、一日も早く帝にするという計画は、父・兼家(段田安則)
が語った野望そのものである。娘を入内させた上級貴族としては当然であるし、支える者がしっかりしてれば帝はどんな人物でもいいという主張は、若き日(5話 記事はこちら)からブレていない。真の政とは家の存続だ、民におもねるようなことはするなという父の遺言(13話 記事はこちら)とも真逆の考えである。
しかし、兼家には己が抱いているのは野望だという自覚があった。この作品の道長が暴君になるとは思わない。しかし、己のやっていることは全て民のため、善き政をするためと信じ込んでいる独裁者ほど恐ろしいものはないのだ。なにしろそうした人物には罪の意識がない。
あと残り10話ほど……道長はどうなるのか。どうもならず善政のために力を振るうのか。
道長と倫子の現在
孫の敦成親王を東宮に。道長は具体的に動き出す。臨時の除目で、道長の思いを反映した人事がなされ、それを受ける一条帝には道長の意図を察した表情が浮かんでいる。
源俊賢(本田大輔)、藤原公任(町田啓太)、藤原斉信(金田哲)、藤原行成(渡辺大知)。一条朝四納言、辞典にも載っているシナゴンの形態完成だ。
頼通を権中納言に昇進させた道長は、婿入り先を倫子(黒木華)に相談した。
「具平親王(ともひらしんのう)の一の姫・隆姫(たかひめ/田中日奈子)はどうだ」
私より頼通の気持ちを聞いてやってくださいという倫子に、
道長「妻は己の気持ちで決めるものではない」
倫子「まあ。殿も、そういう気持ちでうちに婿入りなさいましたの?」
道長「そうだ」「男の行く末は、妻で決まると申す」
実際、道長の「男は妻がらなり(男は妻で決まるのだ)」という言葉が『栄花物語』に記されている。この台詞のやり取りは下手をするとギスギスしそうだが、倫子を嫡妻として信頼し、当時の自分の気持ちを包み隠さず話す道長と、内心ムッとはしているがその信頼に応えて、左大臣・道長を支えてきた妻としての誇りを見せる倫子。現在の夫婦関係がよくわかる場面となった。ただ、
倫子「子どもたちのお相手を早めに決めて、その後は殿とゆっくり過ごしとうございます。ふたりっきりで」
道長の心に他の女が住んでいようと実際にその女と通じていようと、殿と共に老いてゆく、最後までそばにいられるのは嫡妻である自分である。それをよりどころとする倫子がすこし切ない。そしてふと、宣孝(佐々木蔵之介)が亡くなったとき、妾であるまひろには弔いが全て済んだ後に報せが来て、臨終の様子さえ教えられなかったということを思い出したのだった。
清少納言と和泉式部と紫式部
「宿命・密通・不義・幸不幸・出家」
まひろの構想メモから、物語は最終段階に近づいているとわかる。そこへやってくる道長……君、仕事に疲れるとまひろと会話してエネルギーチャージする癖がついてるな?
賢子(梨里花)がもうすぐ裳着(女性の成人の儀式)を迎えるという話になり、まひろが、
「娘の裳着に左大臣様から何かひとついただけないでしょうか」
と申し出る。本来であれば、成人の儀式には両親が揃っていてほしいものだが、左大臣・道長がまひろの実家で行われる公的な儀式に立ち会うことはさすがにできない。なので、せめてなにか下賜されることで賢子の人生の節目に、実の父とのつながりを持たせたいと思ったのだろう。
道長「ん? ああ。なにか考えておこう。そうだ。裳着を終えたら、お前の娘も藤壺に呼んではどうだ。お前の娘だ、さぞかし聡明であろう。人気の女房になるにちがいない」
あれっ。この言い方……道長は賢子が自分の娘だと気づいていると思っていたが、やはり気づいていないのか? どっち? これ、賢子が宮仕えするまで判明しないやつだろうか。
そして中宮・彰子の藤壺に、人気の女房になりそうな人として、あかね(泉里香)──和泉式部がやってきた。もう最初から面白い。一挙手一投足がいちいちセクスィー。モテなどを意識しないでやっているとしたらナチュラルボーンセクスィーだ。
38話では、清少納言と和泉式部と紫式部、文学者それぞれが「なぜ自分は書くのか」という立ち位置を明らかにする。大切な人の輝きを未来永劫伝えるため、亡き恋人との思い出をアウトプットし己の悲しみを癒すため、ビジネスとして依頼されたため、しかし、
「書いておれば、諸々の憂さは忘れます」
物を書く、作品を生み出す人は「わかる……わかるぞ、まひろ!」と思ったのではないか。
現実に影響を及ぼし始めた『源氏物語』
藤壺を訪れた道長が目にしたのは、近過ぎる敦康親王と彰子の姿だった。胸をよぎるのは『源氏物語』の光源氏と藤壺の宮の関係──不義密通。実際に彰子と敦康の間にそうしたことが起こらなくとも、内裏ではまひろが書いた物語を皆が読んでいるのだ。この先、彰子が産むであろう子らに「敦康親王との不義の子では」という疑いの目が向けられることは、絶対にあってはならない。すぐに親王様を元服させねば。
『源氏物語』という虚構が、現実に影響を及ぼし始めた。
彰子がふたたび懐妊し、土御門殿へ宿下がりした。その間に藤壺でボヤがあり、敦康親王は
伊周の屋敷へ。伊周の嫡男・道雅(福崎那由他)は「藤壺の火事とて誰の仕業かわかりませぬな」……中宮のいない間に敦康親王を藤壺から追い出そうと、道長が放火を命じたのではと遠回しに言う。
その言葉をきっかけとして、伊周が道長のもとを訪れた。そしてついに
「なにもかもお前のせいだああああ!」
憎しみが決壊して溢れ出し、厭符を叩きつけて直接呪詛! 憎悪と自らの呪詛で心が壊れてしまった伊周、三浦翔平の凄まじい演技に大河ドラマ『平清盛』(2012年)崇徳院の「日本国の大魔王となりて皇をば民に引き下ろし民を皇となさん」を思い出す。そして崇徳院は『光る君へ』で伊周の父・道隆を演じた井浦新だったのだ。……井浦新の崇徳院は作品の中で「生き切った」。伊周の人生の幕は、どう降ろされるのだろう。
呪詛をまともに受ける道長を、まひろが目にする。無言で見交わすふたり。10話(記事はこちら)でまひろは道長に説いた。
「道長は偉い人になって、直秀のような理不尽な殺され方がする人が出ないような、よりよき政をする使命があるのよ」
「あなたのことを見つめ続けます。政によってこの国を変えていく様を死ぬまで見つめ続けます」
その使命を背負い朝廷の頂に立って政を動かす道長が、呪詛を受けるほどに憎しみを浴びる姿。そんな彼を見つめることになるとは、あの若き日には想像もしていなかった──まひろの目に涙が滲む。
次週予告。
隆家の涙。伊周、逝く。一条帝の体調不良! 成長著しい敦康親王(片岡千之助)、そりゃ元服を急ぎますわ! ぎこちない親子関係の裳着の儀式リターンズ。惟規(高杉真宙)……史実は常に無情!!!
39話、おそらくハンカチかタオルを用意しなきゃいけない回です。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、見上愛、塩野瑛久、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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