家族じゃなくても支え手はいる、遠距離介護の不安から見えた答えとは【助け合って。介護のある日常】
撮影・滝川一真 構成&文・殿井悠子
「家族じゃなくても支え手はいる、
遠距離の不安から見えた答え。」滝川シグルンさん・滝川一真さん
シグルンさんの母トラさんの状態が、いよいよ悪くなってきた。
アルツハイマー型と脳血管性認知症の混合型の診断を受けたのが2010年。日本からビデオ電話で見守ることに限界を感じ、夫の滝川一真さんと娘のソラちゃんと一緒に、アイスランドへ移住したのが2021年。
その後の変化は早かった。5分ごとに更新されるトラさんの記憶。たとえ忘れてしまっても、その瞬間瞬間をトラさんと有意義に過ごすことが、シグルンさんの目標になっていた。そして今年の1月末、1年前から申し込んでいた近くの老人ホームにようやく入居することができた。
夫の一真さんは直接トラさんの介護をすることはほとんどなかったが、シグルンさんにとっては何でも話せる相談相手だ。一真さんは、自分のできることをした。刻々と変わりゆく状況を目の当たりにし、そう遠くはない自分の両親の介護についても心配するようになった。
一真さんが日本へ帰国できるのは年に1〜2回で大体1カ月。78歳の父はステージ4の膵臓がんから奇跡的に回復し、今も元気に働いている。
一方、67歳になる母は、若い頃に比べるとずいぶん変わってしまった気がする。小さい頃はお手製の料理が並ぶ色とりどりだった食卓が既製の惣菜に変わったとき、ショックを受けた。
シグルンさんからは、「これまでと少しでも様子がおかしいと感じたら、早めに検査をしたほうがいい。今すぐできる治療がなくても、見守ったり、備えたりすることができるから」と助言された。
けれど、変化を感じているはずの父に一緒に作戦を立てたくて母の相談をすると「お前に言われなくても考えている!」と怒鳴られ、当の母は不安もあってか、頑なに検査を拒否。一真さんは、状況を動かせずにいた。
このまま帰国することに不安を覚えた一真さんは、ある日思いきって、近所に住む母の昔からの友人をお茶に誘った。
同じ話を何度もすること、うっかり行動が増えたこと……、自分が心配する母の変化について彼女に打ち明けてみたところ、「歳を取るとみんなそんなもんよ。心配し過ぎ!」と笑い一蹴された。そのとき、雲のように覆いかぶさっていた不安な気持ちが吹き飛ばされた気がした。
「アイスランドでは、老人ホームを取り巻くように一軒家が並んでいて、介護が必要になるまでそこで暮らせるんです。郊外の気持ちいい空気が思いきり吸えるような自然の中で、介護前に抱える不安をみんなでサポートし合う環境です。
母の友人と話せたことで、僕自身も将来自分に介護が必要になったら、そんな場所で友人と一緒に暮らせたらいいなと思えるようになりました」
『クロワッサン』1114号より