『夜明けのはざま』著者、町田そのこさんインタビュー。「苦い過去も、人生無駄なものはひとつもない」
撮影・三橋優美子 文・合川翔子(編集部)
「苦い過去も、人生無駄なものはひとつもない」
物語の舞台は、1日1組限定の家族葬専門葬儀社「芥子実庵(けしみあん)」。
彼氏や家族に仕事を反対されながらも、自死を選んだ親友の葬儀を担当することになった葬祭ディレクター。かつて壮絶ないじめに遭い、貧しさゆえに母を満足に見送ることができなかった新人従業員。妻としての役割を押し付ける夫との関係に悩むなか、別れた元恋人の訃報を受けた女性など、大事な人の喪失と向き合う人の姿が5編にわたって収められている。
町田そのこさんが葬儀社を舞台にするのは『ぎょらん』に続いて2作目。
「前回は、“死”そのものがテーマだったので、今回は“生きるとは”について書きたいと思いました。死を感じるからこそ、生きるための一歩を踏み出せる。死と隣り合う生について、もう一度葬儀社を中心に書こうと思いました」
本書では、仕事や性別に対する他者との価値観のズレに苦しむ登場人物の姿が印象的に描かれる。
「私自身、理想の職業や妻像を周りに無意識に刷り込まれ、疑いもなく受け入れてきた。でも、人生に不満が出るたび、こんなはずじゃなかったと誰かのせいにしてしまって。そのとき感じた思いや疑問を作中の人物たちに託しました」
その一方で、自身の考え方も歪んでいたことを自覚した。
「例えば、友人から旦那の愚痴を聞くとき、どう言葉を尽くせば理解し合えるかを助言すべきなのに、“男ってこうだから”と大きく括って、小馬鹿にするようなことを言っていたなと。古い価値観を振りかざす作中の人物と、自分の無自覚な暴力性が重なり、執筆中は古傷をえぐるような思いでした」
哀しみや葛藤、もがきは、他者に優しく繋がれていく。
一冊を書き終えると次に書きたいもの、書かなきゃいけないものが見えてくる。そこを取り返そうと次作に挑むという町田さん。
「本作の課題は、どんなに悪い人でも、登場人物をフラットに書くことでした。その人にもその人の人生があって、哀しみと喪失がある。誰もがみんな平等に生きているということを伝えたかった」
〈情けなさに歯噛みしたことのない人間なんていない〉〈大事なものを喪ったことのない人などいない〉。人々が交わす言葉が、喪失と向き合い、心の痛みを抱え、何かと闘っているのがひとりではないことを教えてくれる。そして、彼女たちの哀しみや葛藤、もがきは、他者が立ち上がるときの力となって、優しく繋がれていくーー。
「未熟だった自分の過去があるから、この話が書けました。どれだけ黒歴史でも、そこから生まれた言葉は誰かを救えたりする。人生、無駄なものってひとつもない。そういう実感も込めています」
「夜明けのはざま」の感覚は人それぞれだ。空の色が少し変わっただけで夜明けという人もいれば、白々と明けてからをそう呼ぶ人もいる。だが、鬱屈した暗闇を経たからこそ、そのあわいを感じられること、明るい光が差すことを、作中に生きる人々が教えてくれる。
『クロワッサン』1108号より