「令和」の文字を書いた書家の茂住菁邨さんに教わる、”運を呼ぶ美文字トレ”。
文字の書き方ひとつで道が開けるとしたらーー。その神髄をここに。
撮影・青木和義 構成&文・堀越和幸 写真提供・AP/アフロ
「私は占い師ではありませんので、何を書けば幸せになれる、というようなことは言えません」
と語り出したのは、元号が改まる時に今の“令和”の文字を書いた、書家の茂住菁邨(もずみせいそん)さん。
だがーー、
「書き文字には人を変える力が宿っていると考えています。活字にない力があるから」
それは普段の私たちの生活を振り返ってみればわかる。雑に書かれた他人の文字を、私たちはついその人の性格を重ね合わせて見てはいないだろうか? 乱暴に書き殴った文字なら怖いと感じたりも。
「文字には書いた人の気が表れます。だから丁寧に書くことが大切なんです」
忙しいからといつも書き流しているところを一度立ち止まって、きれいに書くことを意識してみる。
「何か気づきがあるはずです。ちょっとした心がけがそれを見る人にも伝わって、我が身に跳ね返ってくる。それが開運につながっていくんだと思います」
自身も令和を揮毫(きごう)して気がついた。手書きだからこそ、国民に一層の注目を得たのではないか。活字だったらどうだったか。
「いろいろ反響があって、私自身も改めて手書きの意味を思い知りました」
すぐ実践できる! 茂住さん直伝の〝運を呼ぶ美文字トレ〟。
字が人を変える。とはいっても、私は字が下手だし……と、腰が引けてしまう人は少なくない。
「字には0点も100点もありません。上手、下手の基準は曖昧です。上手よりも丁寧に書くことが大切なのです」
丁寧に書かれた文字には必ず思いが込められ、好印象につながる。それこそが書き文字の素晴らしさと茂住さんは言う。
「年賀状もそうでしょう。印刷だけのものと、一文でも手書きが入っているものではどっちが読みたくなりますか?」
確かに……。そのためにも、まずは自分の名前を丁寧に書くことから始めたい。
「名は体を表すというように、あなた自身です。自分を雑にしてはいけません」
日々の仕事のサインでもいい。今日から始めればきっと何かが変わるはず。そして、道具を大切に扱うことも美文字の秘訣となる。
「脳で考えた思いは、手、指先、道具、とエネルギーが伝わって、線に気が表れる。筆でもボールペンでも、道具を優しく扱うことが、気を育てるのです」
偏(へん)と旁(つくり)は仲良く寄り添いましょう。
鯨という字は「魚」という偏と「京」という旁からできている。けれども今一度、鯨の字をよく観察してみよう。
「偏と旁の間に縦線が入って(下参照)お互いが寄り添いながらも遠慮し合うように文字が変形しているでしょう。この譲り合う精神が漢字のバランスを作っているのです」(茂住さん)。
魚と京が遠慮し合わなければ鯨とは呼べず、魚と京の羅列でしかない。この遠慮の精神は構えのある漢字も同様だ。「たとえば因は口と大からできていますが、口構えの中に収まる大には払いがない。こういうちょっとした気付きで文字は美しくなるのです」
偏と旁の間には譲り合いの精神を。
構えの中に収まる文字も遠慮する。
漢字のおへそ(重心)は真ん中に。
バランスのいい文字は相手に安心感を与える。逆も然りで、バランスを欠くと不安にさせる。
「そのために心得ておきたいのは文字にはへそ、つまり重心があるということです」。
下の例を見てみよう。大の文字の重心が、それぞれ真ん中、下、上にあるものを並べてみたが、真ん中にあるものに比べて、上や下にあるものは不穏な気配すら漂わせていないだろうか? 糸偏の下につける点についても同様のことが言える。
「単なる癖字と見過ごしてはいけません。文字には印象があります。そしてその印象はわずかな修正で変えることができるのですから」
へそが中心にある「大」には安定感が。
2つの点の位置で雰囲気が変わる。
程よい右上がりが道を拓きます。
文字は程よく右上がりに書くと道が拓ける、と茂住さんは言う。
「大の字を見比べてみると、上は右上がりに台形の形をなし、空間に広がりがあります。将来に向かってこうありたい、という気持ちが表れているよう」。
一方の下の大は横に伸びるのみだ。
「向上心がないように見えませんか?」。
右上がりの文字は、〝程よく〞という点もポイントになる。
「強の字の作例を見てみましょう。上は程よく、しなやかな感じを受けますが、下はやや高圧的な印象。こういう字は主張が激しい人に思われがちなので、注意しましょう」。
あなたの字はどうだろうか?
なだらかな右肩上がりには未来が。
極端過ぎると我が強い印象になる。
ひらがなの美は"字母(じぼ)"を知ること。
きれいなひらがなを書く人につい見惚れてしまう。
「そのためには字母を知ることです」と茂住さん。字母とは文字どおり、そのひらがなの元となった漢字だ(下表参照)。
たとえば「す」の字母は「寸」である。作例を見てみよう。
「寸を書く時は、横棒を書いてから、中心よりやや右寄りに縦棒を入れて、丸を描いてからスッと抜きます。ひらがなの〝す〞もそれを意識して書けばいい」。
すると縦棒の入る位置、そして丸を書いた後の無駄な線の伸びが自ずと変わってくる。
「活字のひらがなではなく、字母を意識して書かれたひらがなこそが本当の美しい形です」
「寸」を意識すると「す」はこうなる。
ひらがな、カタカナには字母がある。
本誌編集長の文字を茂住さんが添削。
ここでは編集部を代表して、本誌編集長が茂住さんに書き文字を添削してもらう。編集長の名前は右田昌美だ(下左側が直筆)。
「字の大きさや空間の開け方が均一で、真面目な性格が窺えます。ただ均一過ぎるきらいがある。たとえば美の字なら最後の〝大〞の字を大きく書いてみるとよりエレガントな印象になります」。
右の字はノを書いてから一を書くという書き順を今一度確認する。
「すると右の字は自ずと横長になる」。
茂住さんの作例(下右側の赤字)は、各文字があるべき形をとり、メリハリがある。
「わずかな線の長さで印象が変わるので意識してみてください」
均一ではなくメリハリを意識する。
書き順を意識すると「右」は横長に。
線の長さの変化が「美」を美しくする。
『クロワッサン』1108号より
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