『禍(わざわい)』著者、小田雅久仁さんインタビュー。「得られない非日常を小説で体験してほしい」
文・本庄香奈(編集部)
「得られない非日常を小説で体験してほしい」
まだ見ぬ世界はあるのだろうか。何かを見ては何かを懐かしんでしまうことが増えた中、ここには確かに「知らない」世界が広がっている。
ファンタジーノベル大賞を受賞し、幻想的な世界を生み出してきた著者が、10年をかけて書き継いだ渾身の怪奇小説が7篇集まり、世にも奇妙な書が生まれた。
「『耳もぐり』という作品を10年前に書き、体のパーツをモチーフに書いてみよう、と始まりました。人間の体を、部分で切り取ってみると不気味だなとずっと思っていたので、怪奇小説のテーマとして親和性が高いんじゃないかと。顔のパーツは揃えたくて、鼻、口、目の話を書き、髪の毛をつけ足して。肉、肌の話、と書いていきました」
『耳もぐり』は、ある青年の恋人が失踪したところから物語が始まる。痕跡を辿るため彼女の隣人の男を訪ねると、「人の耳に潜る」という奇妙な行為について語り始めるーー。
また口をモチーフとした話(『食書』)では、書を食べる女を見たことをきっかけに、「本を食べる」という行為に溺れてゆく作家の男を、また鼻の話(『農場』)では、「ハナバエ」(というもの)を育てるために農場へ送り込まれる青年を描く。
日常に不満を感じていたり劣等感に苛まれている主人公が、突如、非日常的なことに巻きこまれてゆく奇妙な話の数々。どれもが、空想の世界なのに、美しい書体で緻密に描かれるから、不思議なほどリアルで、ともすると本当に、今生きているこの世界の片隅には、このようなまだ見ぬ世界が広がっているのではと思わされる。
「僕自身が日常に退屈しているところがありますので、それが怪奇小説を書いていますと、退屈な日常が少し破けていくようで。こんなことが起きるんじゃないかという想像の結果ですね。得られない非日常だからこそ、フィクションで体験できる。こんな小説もあるんだと驚きを感じてもらえたら」
書けば書くほど苦しくなる。そう思いながら書いています。
そして、本作は作者にとっても初めて出す怪奇小説の作品集で、自身の全力が込められた、10年間の結晶のような一冊でもある。
「比べる対象もないのですが、今後出す作品がまた同じくらい力を込めて書けるかといえばなかなかそれはわからない。面白そうなアイデアから先に使ってしまうので、後になればなるほど苦しくなっていくものです。『耳もぐり』ではミステリ的な仕掛けを使っていますが、初めて出した怪奇小説集なのである程度自由な作品集になったと思います。結果的に10年かかってしまったなぁという思いです」
私たちはいつの間にか、物語に慣れ、無痛な読者になっていたかもしれない。本書は読んでいるうちに、当たり前に生きているこの世界もざらついて、言葉で生み出される異世界へと溺れてゆく感覚になる――何か今日、この帰り道にでも、自分にも「禍」が降りかかるのではと思うほどに。なぜ私たちは本を読むのか。それを、この読書体験が、きっと教えてくれる。
『クロワッサン』1099号より
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