くらし

都会の真ん中で緑と生きる、ベランダガーデンの愉しみ。

街なかの暮らしだからこそ、ひと株ひと株の育ちが愛おしい。
東京のマンションで緑のサンクチュアリを育む、グラフィックデザイナーの黒田益朗さんに取材しました。
  • 撮影・青木和義  文・一澤ひらり

このささやかな庭が育む、広い野原に佇むような喜び。

花よりも目にやさしい緑を楽しみたくて。

ここは都内のマンションの最上階。黒田益朗さんは25年前から、緑豊かなベランダガーデンを作ってきた。

「猫たちが自由に遊び回れる庭がほしくてここに引っ越したんです。とはいえ古い建物なので、かなり軽量化した土を使って、全部鉢植えで育てています。何もないところから始めて、植物はいま数十から100種類ぐらい。雑草もほとんど抜かないからもっとかな。鳥の糞から芽吹いたナンテンや紅葉なんかもあるしね」

と大らかに笑う黒田さん。鉢植えは寄せ植えが基本で、自然のあるがままに逆らわないナチュラルガーデン。出発点はミモザとオリーブの木だった。

「谷中の朝倉彫塑館の屋上庭園に美しいオリーブの古木があって、こんなビルの上でも育つのかと驚きました。しかも、土が思いのほか少ない。それで植えてみようと思ったんですよね」

北側に面した約28平方メートルのベランダで様々な植物を育てている。

いまやガーデンのシンボルツリー。こうした背の高い木をフェンスに沿って並べ、その前に高低差をつけて鉢植えを置いて日陰を作り、真夏のコンクリートの暑さや水分の蒸発をしのぐ。植物がいかに心地よく生きられるか、その空間作りに黒田さんは専心する。

「鉢植えで良かったのはそこです。日の向きとか、季節に応じて配置を変えられるし、スペースを考えて工夫しやすい。とくに、うちは10年に1度ビルの大規模修繕があって、その時はベランダの鉢を全部室内に入れなきゃいけないんですね。数年後にまたあるので、いまから大鉢をちょっとずつ中小の鉢に植え替えしているところです」

花も雑草も好きな場所で、あるがままに咲けばいい。

ベランダガーデンでは春先から初夏にかけて、ミモザ、藤、芍薬、牡丹、姫ライラックなどが次々と咲き始める。

「5月はオルレアホワイトレースがあちこちから咲き出します。種がそこら中に飛んで、思いもしない所で咲くんですよ。それも趣があっていいかな」

花でも雑草でも、好きな所でそのまま咲けばいい。庭、というより植物のある風景に惹かれる、と黒田さん。

「きれいな花はご褒美だけど、植物は葉や茎、枝だけの時間のほうが圧倒的に長いのだから、葉の形とか重なり、緑の移り変わりを見ているのが好きなんです。庭の雰囲気とか、その環境全体に心が動きますね」

春の到来を知らせてくれる雪割草。これは原種で可憐な花が咲く。

そもそも黒田さんが庭仕事に目覚めたきっかけは若いころ、夫婦でロンドンに数年間暮らした体験から。

「ガーデニングの本場で、公園とか植物園によく行きましたが、中にはパブの庭でビールが飲めたりも。いまの住まいは狭くて、普段から庭を居間のように使って、来客にお茶を出したりするリビングガーデンなんです。ずっと緑と暮らしてきたから、それが当たり前になっているんですよね」

寄せ植えに黒田さんがおすすめのカラークローバー。種類も豊富。

気になった植物は種や苗を買ってきてまず育ててみる。世話をしながら、その体感で学んできたという黒田さん。

「そんなに知識があるわけではなかったから、育てる中で植物たちからいろいろ教えてもらってきた感じです。こちらがその扱いに慣れてくると面白いぐらい緑が増えるし、勝手に成長してくれるのもうれしい。過保護にはせず、草や木が思うように伸びるのを手伝っているだけなんですよね」

使う土は軽量土がベース。過重負荷がかからないように軽くすることが、ベランダガーデンの大きなポイントだ。

「ただ軽量土は乾きやすいので、保水性を高めるためにヤシの実のチップを土に混ぜたり、栄養を足したり、植物に合わせて配合をしています」

花や木や雑草が混然一体となり、人の手と自然がゆるやかにつながっている。

いまはもういないけれど、このガーデンで遊び回った猫たちは4匹。たまに雑草を食べていたので、害がないよう化成肥料や殺虫剤は使わず、天然由来の活性剤や有機質肥料を使ってきた。

「安心安全が大事ですからね。虫除けには木酢液を使いますが、猫たちがあのにおいを嫌ったので特別な時以外はあまり使っていないかな。カラスノエンドウってただの雑草と思われているかもしれないけど、マメ科のものは土を良くしてくれるそうですし、虫を食べてくれるテントウムシが卵を産む。そういう自然との小さな共生は大切にしています」

原種系の植物をいろいろ集めて、育つかどうか実験的に育成中。

小さな植物がいきいき育つ。そんな鉢植えを作れたら。

植物を育てるのが上手な人のことをいう「グリーンフィンガーズ」。その呼び名にふさわしい黒田さんはやがて、腕を見込まれてショップの庭作りや庭園の景観をデザインする仕事も多くなり、自宅のベランダで育てた鉢物が〈ヤエカ〉のCADANで販売されるほどに。

香り高く清楚な白い沈丁花。地植えだけでなく、鉢植えにも向いている。

「〝花が咲き 種が溢れ ひろがっていつか庭に〟がCADANのテーマで、シクラメン、水仙など、原種や原種に近い草花を育てています。栽培を楽にできるよう試行錯誤の連続です。スミレは種から育てると2年目にはよく咲きます。そして根が丈夫になるんですよ」

珍しいミモザ・スペクタビリス。雨や曇天や夜は葉を閉じる

植物が無理なく育つようにしたい、と話す黒田さん。鉢植えに徹する中でも好きなのが寄せ植えだ。一般的に鉢植えは過密に植えないのがルールだが。

「気にせず、自分はびっしり植えています。大きな深鉢に植え替えるときに、一緒にできるものはギュウギュウに入れてしまうんです。そのほうが土は乾きにくいし、スペースのない中でいろんな植物が肩を寄せ合っている感じも自然に見えます。お互いが会話できそうでしょ」

ヒヤシンスは水栽培で育て、花のあとに、球根を土に植えておけば、毎年きれいな花を咲かせる。

こうしたガーデンの愉しみが、日々の暮らしの中にひそやかに息づく。

「季節感を得られる喜びがあるし、何よりリラックスできます。庭のテーブルでお酒を飲みながら草花を愛でたり、猫たちがいたときは彼らが庭をパトロールしたり、ミモザの木に登ったり、気ままに過ごす姿を眺めているのが至福の時間でした。自分としては野原に佇んでいるような感覚があって、光の陰影とか葉にそよぐ風の心地よさとか、そうした味わいもまた格別ですね」

「よく観察していれば、小さな変化に気づくし、手立てもわかります」

わたしの園芸道具

上・ジョウロやバケツなどはフランス製。「ガルバリウムの素材感が好きなんですが、もう販売されていません」。下・鉢は苔が付着しやすいモスポットやケーキ型を活用。
黒田益朗

黒田益朗 さん (くろだ・ますお)

グラフィックデザイナー

アートディレクターとして活躍する傍ら、庭にまつわる仕事も多く〈ヤエカホームストア〉などの植栽を手掛ける。ライフワークとして他の樹木に寄生して育つ宿り木の調査も。

『クロワッサン』1092号より

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