くらし

SNSで若者にも人気の短歌、その魅力を二人の歌人が語り合う。【東直子さん・上坂あゆ美さん対談】

今、静かなブームを呼んでいる短歌。さまざまな人を惹きつけている理由とは?
31音の世界が織りなす魅力に迫ります。
  • 撮影・三東サイ 文・嶌 陽子

ここ数年、SNSを通じて広がる現代短歌に若い世代が惹きつけられ、若手歌人による歌集も次々と出版されている。
昨年2月に初の歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』を上梓した上坂あゆ美さんも、最近注目されている若手の一人だ。その上坂さんの歌集の監修を務めたのが、現代短歌界の牽引者の一人、東直子さん。2人の歌人が語る短歌の魅力とは。

(左)「 時を超えて、さまざまな人々の心に刺さっていくところも魅力です。」(東さん)/(右)「作者の思いや生き様が必ず入る、それが短歌の面白さだと思います。」(上坂さん)

東直子さん(以下、東) 上坂さんは数年前、私が選者を務める東京新聞の選歌欄に短歌を投稿してきてくれたんですよね。
初めて読んだ時はびっくりしました。「この人は何だろう?」って思うようなインパクトがあって。
気の利いた言い回しやキャッチーな言葉など、修辞の面白さで作るタイプの若い歌人が多いなか、上坂さんは内容のすごみで作っているところが特殊。独自の魂で作っているなと思いました。

上坂あゆ美さん(以下、上坂) ありがとうございます。元来、短歌は個人の体験と深く結びついたもの。でも最近の若手歌人の中では、自分の人生より夢や空想の世界を詠む人が増えていますよね。私は逆に、この令和の時代に自分の人生の話をしていて(笑)。

 歌に人生のドラマが入っていますよね。静岡県の沼津から上京してきて、実家では家族がバラバラになっている。
ちょっとヘビーな話をヘビーに書くっていうのがオーソドックスな短歌のスタイルだったんですが、上坂さんは重たい話を淡々とドライに描いていて、でも人の心にぐっと刺さる言葉を選んでくる。
その表現の力強さや言語センスが独特で、「私性」の短歌に新しい道筋を作っていると思います。

上坂 私は言いたいことがまずあって、それを短歌の型にはめていくタイプ。人生と短歌が密接に結びついてるんです。東さんの自由なスタイルとは全然違う気がします。

東京・西荻窪の商店街を歩く。何度か会っているという2人、話は尽きない。

 私も始めた頃は育児の大変さを詠んでいたので、その辺は似てるかも。

上坂 東さんは雑誌への投稿が始まりだったんですよね。

 20代後半の頃、子育てで時間がないなか、それでも何か創作したいという気持ちがあって。
その前年に俵万智さんの『サラダ記念日』がヒットして、口語の短歌を身近に感じていたので、自分が普段使っている言葉で作れるかもしれないって思ったんです。
やってみたら、五・七・五・七・七の形に言葉を整えていくなかで、自分の気持ちが客観的にわかってくるのが新鮮でした。

上坂 私は書店でたまたま歌集を見つけて、読んでみたら面白いと思って、自分も新聞の歌壇コーナーに応募するようになりました。
ハマっていったのは新聞歌壇で東さんや穂村弘さんに採っていただいたり、SNSで感想をもらったりしたから。それがなかったら、こんなに続けていたかどうかはわかりません。

 確かに、人に読んでもらうのは大きいよね。私が雑誌に投稿していた頃も、掲載してもらうと、社会とつながったような気がしたんです。自分だけじゃなくてほかの人の歌を読むのも楽しみで。文字だけの世界でも、そこには確かな連帯があった気がします。

上坂 そこはSNSも同じです。「恋人にふられた」みたいな話も、そのまま人に話すと鬱陶しいと思うんですけど、短歌にしてツイッターとかにあげると、「作品」として読んでもらえるからおトクだなって思います(笑)。

「上坂さんはどうやって短歌を書いてるの?」「スマホにメモした言葉を元に、パソコンで作っています」

SNSを通じて広まったことで、多様な表現が受け入られるように。

上坂 東さんの歌は写実的なものより、空想の世界のものが多いですよね。

 だんだん写実よりも言葉と言葉の響き合わせとか、イメージの広がりで読むのが楽しくなっていったんです。
発表した当時は少々異端扱いされていたけれど、2000年代から笹井宏之さんみたいな、夢の世界を詠う歌人も増えてきたし、若い人たちが面白いって言ってくれるようになって。
インターネットの普及も大きかったんじゃないかな。自分の家からすぐに世界に発信できるような場ができたから、短歌を知る層がぐっと増えた。それで歌の内容や表現も、多様なものが受け入れられていったのかも。

上坂 今は、ツイッターでいろいろな短歌が投稿されたり紹介されたりしていますよね。毎日違う短歌が目に入るし、同じ歌が時間を置いて再び流れてくることもあります。

 小説やエッセイの場合、ツイッターだと一部しか流せないけど、短歌は一首丸ごと目にできるものね。

上坂 短歌って読むタイミングによって自分に刺さる歌が毎回変わるんですよね。だから前はよくわからなかった短歌が、今の自分には刺さったり。

独立系書店『本屋ロカンタン』に立ち寄る。店の入り口には東さんの短歌集が原作になった映画のポスターも。

 短歌のいいところは、歌集を出した時だけがその歌の活躍する時じゃなくて、時を超えてさまざまな人に刺さっていくこと。自分自身の作品の印象も時間とともに変わるのが面白い。

上坂 私、正直に言うと東さんの歌が前はよくわからなかったんです。でもこの対談のためにあらためて第一・第二歌集の『春原さんのリコーダー』と『青卵』を読み直してみたら、すごく刺さりました。

 あ、そうなんだ。

上坂 東さんの歌ってとても静かだなって思いました。雨の音みたいな、自然の音が流れているというか。今の自分だから良さがわかったのかも。

 これまでは静かなのがあんまり好きじゃなかったってこと?

上坂 SNSばかり見ていると、インパクトが強い、“音が大きい”コンテンツのほうが印象には残るんですよね。でもこの歌集を通して読むことで、静けさの良さに気づいたんだと思います。

 一首だけでなく、歌集や連作という形で読むと、歌が歌を補完し合ったり、響き合ったりする面白さがあるよね。その人の部屋に入った感じ。

上坂 まさに部屋ですよね。一首だけだと意味やリズムだけを追う感じなのに対して、歌集って空気みたいなものが伝わるところだなと思います。

木下龍也さん、工藤玲音さん、岡本真帆さんなど、東さんが読んだ若手歌人の歌集。「それぞれ持ち味は違うけれど、皆が思っていることを歌として提示してくれる方たちだと思います」。左から3冊目は、東さんも編者に名を連ねる、現代短歌のアンソロジー。

最近は、短歌教室や結社のほか、発表の場として短歌アプリも。

上坂 私は絵画、デザイン、映像、舞台など、いろんな表現方法を試してみたんですが、どれもしっくりこなくて。短歌に出合った時、「めちゃくちゃ楽!」って思ったんです。
スマホで書けるし、言いたいことが言えるスピードがほかの創作に比べてすごく早いなって。俳句だと短すぎて、言いたいことが全部言い切れない気がするので、短歌がちょうどいいんです。

 私は仲間うちで俳句も作っているんだけど、俳句はもっと言葉と言葉の組み合わせや実験性の面白さ、ゲーム性がある気がするな。

上坂 俳句を作ったことがないので間違っているかもしれないんですが、俳句は景色を切り取るだけで字数を使い切ってしまう、という印象があります。短歌はそこに必ず自分の考えや思い、世界の見方や生き様が入ってくる。

 短歌の場合、空想の世界でも、主人公が自分でなくても、何かしら自分のしっぽみたいなものが入り込むよね。
ところで私が短歌を始めた頃は、人に言うのが少し恥ずかしいくらい、短歌は特殊なものという雰囲気があったんです。でも最近はそうでもない気がして。
上坂さんは、短歌をやっていることを人に伝えるのに抵抗はないの?

上坂 ないです。むしろちょっとイケてることなんじゃないかって思ってます。周りの人に「短歌やってる」って言うと「すごい!」って言われるし。

 よかった。昔はいい歌集が出ても一部の人にしか読んでもらえないのが残念だなと思っていました。だから今、若い人たちの歌集が次々と出ているのがうれしくて。私が監修者としてお手伝いしている「新鋭短歌シリーズ」(書肆侃侃房)は、上坂さんの歌集も含めてすでに60冊出ているしね。

上坂 最近は街の本屋さんにも小説と並んで歌集が置いてあったりして、皆が気軽に手に取っていますよね。

 短歌に興味が湧いたら、まずはアンソロジーを読んでみるのもおすすめ。さまざまな歌人の代表作が掲載されているので、面白いと思う人がいたらその人の歌集をじっくり読んでみるといいかもしれません。
そうやって深めていって、自分でも詠みたいと思ったら、上坂さんのように新聞歌壇に投稿するという手段もあるし、今はスマホの専用アプリもあるんだよね。

上坂 自分が作った歌を投稿すると、ほかの人からコメントや「いいね」をもらえたりするみたいですね。

 私も教えているけれど、短歌教室も各地で開かれているし、短歌の結社もある。そこで仲間を見つけると、心強いんじゃないかな。皆で一つの作品の感想を言い合うのも楽しいし。

上坂 確かに友だちがいることでモチベーションも上がる面もありますが、私は一人でもできるのが短歌のいいところだっていつも思ってるんです。

 上坂さんは、今後どういう短歌を作っていきたいと思ってるの?

上坂 これまでは怒りや違和感から短歌を作っていたんですが、これからは楽しかったことや日々の出来事から作りたいと思っていて。東さんの歌集を読んで「こんなに自由でいいんだ」って救われた気がしたんです。私もそういう歌を作ってみたいですね。

穂村弘さん『シンジケート』、平井弘さん『振りまはした花のやうに』など、上坂さんの短歌のルーツとなる歌集の数々。書店でたまたま見つけたり、歌人仲間に教えてもらったり。「最初に読んだのは岡野大嗣さんの『サイレンと犀』。5年前に書店で見つけて読んで、自分でも短歌を作ろうと思いました」

〈東さんが選ぶ、上坂さんの作品〉

「上坂さんは事実を淡々と描きつつ、心に刺さる言葉を選んできます。」

死んだらさ紫の世界に行くんだよ
スナックはまゆうの看板みたいな

「『スナックはまゆう』という固有名詞から独特の空気が漂ってきます。そのことと〝死〟は本来関係ないはずなのに、〝紫の世界〟という言葉との響き合わせによってすごく説得されるんです。個人的な経験から、〝死〟を普遍的なイメージとして提示したのが素晴らしいと思います」

風呂の水が凍らなくなり猫が啼き
東京行きの切符を買った

「〝風呂の水が凍らなくなり〟という言葉から、季節が冬から春になったというだけでなく、それまでの心理的な厳しさが感じられました。これから上京するということに対しての強い決意みたいなものが伝わってきます。東京行きの切符を握りしめているイメージです」

下半身から血が出る日にも
おにぎりを握り続ける母という人

「一見当たり前のことを言っているけれど、切り口を変えることで〝おにぎりを握る母〟という存在の典型的なイメージを裏切っているなと思います。パンチがあるんですが、これみよがしではなく、淡々と、冷静に事実を描いているところが上坂さんの歌の魅力です」

(上坂あゆ美『老人ホームで死ぬほどモテたい』より抜粋)

〈上坂さんが選ぶ、東さんの作品〉

「東さんの歌は主語が曖昧で、だからこそ普遍性を感じます。」

廃村を告げる活字に桃の皮
ふれればにじみゆくばかり 来て

「名歌と言われているこの作品、私は新聞紙に桃の皮が触れた時に活字がにじむ風景を詠っているのかなと思いました。喪失感が感じられるしっとりとした歌かと思いきや、最後の2文字で急にカメラがこちらを向く、その急カーブ具合やスピード感がすごく好きです」

いいよ、ってこぼれたことば
走り出すこどもに何をゆるしたのだろう

「〝何をゆるしたのだろう〟にぐっとつかまれました。読み手にも襲いかかってくる言葉のように感じます。子どもに対してに限らず、何かを許可する場面って誰にでも度度ある気がするんですが、〝自分は何かを許せるような人間なの?〟と、自分に置き換えて読みました」

一度だけ「好き」と思った
一度だけ「死ね」と思った 非常階段

「〝好き〟っていう言葉だけではわからないディテールが描かれていて、リアルですよね。この歌のように矛盾する気持ちが同居しているのが人間の本質だなあと思います。それが最後の唐突な〝非常階段〟の景色で補足されていて、少し映画っぽい雰囲気もあります」

(東直子『春原さんのリコーダー』より抜粋)

上坂あゆ美

上坂あゆ美 さん (うえさか・あゆみ)

歌人

1991年、静岡県生まれ。昨年刊行した初の歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)がヒット。エッセイストとしても活動中。

東直子

東直子 さん (ひがし・なおこ)

歌人、小説家、脚本家

1963年、広島県生まれ。短歌のほか、小説や随筆、脚本、児童書の執筆、イラストも手がける。近著に『レモン石鹼泡立てる』(共和国)。

『クロワッサン』1085号より

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