くらし

エッセイスト・石黒智子さんのシンプルだけど豊かな暮らし。

さまざまな経験を重ねてきたからこそ、自分にとって本当に必要なものが分かってくる。
すっきりと気持ちよく暮らす石黒智子さんに、毎日を楽しむコツを聞いてみた。
  • 撮影・杉能信介 文・嶌 陽子

“小さな工夫を積み重ねれば、 余計なものを持たずにすみます。”

庭にある温室の中で作業をする石黒さん。「1月下旬は挿し木をするのに格好の時季です」。並んでいる白い苗ポットは、ドリップパックコーヒーの外袋を再利用したもの。「ご近所や友人にも持っていってもらうんです」

「見て、ガーベラって年に2回花を咲かせるのね。知ってた?」

うれしそうに言いながら庭に咲いていた白いガーベラを見せてくれる。庭づくりを始めてもう40年以上。けれども日々新しい発見がある、と石黒智子さんは生き生きと話す。

「育ててみて初めて分かることは、今もたくさんあります。ほかの場所から種が飛んできて自然に生える草花の名前を調べるのも楽しみのひとつです。雨の日以外は毎朝庭に出ているけれど、することは一年中ありますね」

掃除道具は納戸にまとめて吊している。「扉がないのですぐ目に入るし、誰でも取りやすい。しかも何も吊されていないフックを見れば置き忘れにも気づきます」。フックは使わなくなった額縁の金具などを活用した手作り。

丁寧に手入れされている庭。清々しく整った家の中。石黒さんの暮らしぶりからは、決して華美ではないけれどとても心地よい空気が伝わってくる。

「すごく時間をかけて、一生懸命家のことをしているわけではないんです。自分が楽しいと思うことや、こうしたらもっと楽になるかなと思いついたことをしているだけ。失敗もしながら、いろいろな工夫を積み重ねてきたんですよね。頑張って考えるというより『試しにやってみようか』という感覚です。ダメ元でやってみて、うまくいったらよしと思うの」

バスタオルは乾きやすさと軽さを重視してコットンのワッフル織りのものに。一日に何枚も使うハンドタオルは洗ってたたむ手間を減らしたくて、ペーパータオルに変更。壁付けできるホルダーをインターネットで購入した。

「いかに家事を楽にするか」は、石黒さんが結婚して以来ずっと抱えてきたテーマ。

40代より50代、50代より60代と、仕事や介護などでどんどん忙しくなる中、いかに楽にするかを考えざるを得なかったからだ。

掃除道具は家族の誰もが出し入れしやすいよう、1カ所に吊す。バスタオルはいろいろ試した末に乾きやすいワッフル地のものに。重たいベッドカバーの代わりに、薄手で軽いスローケットでベッドメイキング。

自宅にある一つひとつのものに、日々の生活を通じて生まれた石黒さんのアイデアが詰まっている。

「畳むのが面倒になってきたベッドカバーを重さが半分以下のスローケットに買い替えたら、ベッドメイキングが格段に楽になりました」。寒い時季は肩から熱が逃げないようにカシミアのショールを重ねる。

ものをたくさん持つことが豊かさの証し。そんな世間の風潮に疑問を感じていた約40年前、石黒さんは結婚した。

「同じころ、友人の一人が結婚した際、トラックにたくさんの家具を積んでいくのを見てびっくりしたのを覚えています。最初から必要なものはそれほどないはず。まずはシンプルにして、暮らしに合わせて少しずつものを揃えていけばいいと私自身は思っていました」

キッチン横のランドリー室。向かいには洗濯機がある。このスペースには以前乾燥機を置いていたが、使い勝手が悪いと感じ撤去。バーを取り付けて小さなものを干すように。窓があるので風通しが良く、乾きやすい。

実際、自分が結婚した際に買ったものはごくわずか。建築家の夫が設計したシンプルな箱のような自宅に、暮らしに合わせて少しずつ必要なものを加えていった。

納得いくものをとことん探して買うこともあるけれど、専用グッズを探そうとせず、家にあるものを自由な発想で活用して、自分で作ってみるのも特徴だ。

たとえば掃除道具を吊すフックは、古い額縁の金具に手を加えたもの。硬くなって使いにくくなってしまった古い洗濯ピンチは改造してキッチン道具を吊すフックに。ここ最近手放せなくなったマスクをかけるフックに使っているのは、使い終わったミシン糸の糸巻き。

暮らしの中の身近なものが、便利な道具に姿を変えて家じゅうで活躍している。

“必要な小さな道具は手持ちの材料と道具で作ってきました。”

「年齢とともに物忘れも多くなったので、見せる収納を増やしました」。最近はキッチンの一角に落とし蓋やフードプロセッサーの部品なども吊している。フックは古い洗濯ピンチを改造したもの。

「既製の家具や道具を買ってそれを家に合わせるのではなく、『こういうものがあったらいいな』と思ったら、まず身近なもので作ってみる。そうすれば慌てて買おうとすることがなくなり、不要なものを抱え込まなくてすみます」

数十年にわたって頭と手を動かし続け、自分の手で暮らしを作り上げてきた石黒さん。その内容と手段は年齢とともに次々とアップデートされた。

「最近は物忘れが増えてきたので、吊して見せる収納を前より増やしたり、鍋つかみ用の手袋や手拭きを目立つ赤色に替えたりしました。
また以前は毎週のように誰かが家に来ていた生活が、コロナ禍ですっかり変わってしまった。
でもそれがきっかけで大人数の集まりはもう体力的にしんどいと分かるなど、生活を見直すこともできました。ものもさらに減らしていこうとも思いましたね。年を取ったことや環境の変化を嘆くのではなく、暮らしをそれに合わせればいいんです」

調味料も家にあるものを工夫。余ったワインを使うワイン塩はステーキに合う。ワイン60mlと塩100gを弱火で煮詰めてさらさらにし、粗熱が取れたら保存容器に。無農薬レモンの輪切りに塩をかけたものも常備。

来客はほとんどなくなったものの、毎日庭を造り、必要なものを手作りして、変わらずに日々を楽しむ。

「頑張って続けようとしていることなんてひとつもありません。どれも自然にしていること。毎晩眠りにつく前に『明日は何をしようかな』と考えるし、朝は起きた瞬間から『今日はこれをしよう』と身支度をします」

シンプルだけれど豊かな暮らしの土台になっているのは、尽きることのない好奇心や挑戦心なのかもしれない。

\年齢を重ねてやめたこと、変えたこと。/

□ 手元にあって、誰かに渡したいものは魅力的に作り変える。
□ 食器類は息子の友人たちに引き継いでもらい、4分の1の量に。洋服やアクセサリーも半分にした。
□ 自動車免許の更新をやめた。
□ 家事(特に料理)を夫に任せられるよう、道具と置き場所を見直した。
□ クリスマスや忘年会、新年会など冬の集まりはやめた。
□ 仲間内の約束は、体調と天気次第でドタキャンをOKにした。

使わないまま家にあるキャンドルやワックスなどを余っていた空き箱に詰めて作った「封蝋作りセット」。「可愛く詰め合わせることで、誰かが欲しいと感じてくれたらうれしいと思って」
石黒智子

石黒智子 さん (いしぐろ・ともこ)

エッセイスト

雑誌や書籍を通じて暮らしの工夫や家事のアイデア、道具の選び方などを独自の視点で発信。著書に『60代 シンプル・シックな暮らし方』『探さない収納』など。2月末に『60歳からのほどよい暮らし』が発売予定。

『クロワッサン』1062号より

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※ 記事中の商品価格は、特に表記がない場合は税込価格です。ただしクロワッサン1043号以前から転載した記事に関しては、本体のみ(税抜き)の価格となります。