くらし

奥が深く、知ると人生が豊かになる。林家たい平師匠のやさしい落語案内。

江戸の暮らしや風俗に触れながら、あははと笑える身近な古典芸能。知るほどに味わい深い落語の世界へようこそ。
  • 撮影・青木和義、黒川ひろみ(寄席) 文・黒澤 彩 イラストレーション・村上テツヤ 撮影協力・新宿末廣亭 参考文献・『はじめて読む古典落語百選』林家たい平(リベラル社) 友情出演・ふなっしー

「落語を知らない人生はもったいない!」と、力説するのは、テレビでもおなじみの落語家、林家たい平さん。かつてはどの町内にも1、2軒は寄席があり、落語は浴衣姿で夕涼みがてら出かけるという身近な存在だった。数は少なくなっても寄席は今でも毎日開いているし、普段着でふらりと訪れて楽しめることに変わりはない。

「僕が落語に出合ったのは大学生のときですが、もっと早くに出合いたかった。ライブや映画など、世にはたくさんの娯楽がありますが、落語も選択肢の一つになるといいですよね」

落語を知ると人生が豊かになる、とはたい平師匠の実感。その魅力に迫る。

Q.落語は話のあらすじが面白いのでしょうか?

「噺、あらすじの面白さも大切ですが、どんな噺なのかまったく知らずに聞いても楽しめるのが落語のいいところ。初めてのときはむしろ勉強なんかせず、まっさらの状態で聞いてみてほしいと思います」(たい平さん)

一方で、あらすじを知っていても何度でも楽しめるのが落語の面白さ。聞くたびに新しい発見があり、演じ手による味わいもある。同じ演目でも噺家によってアレンジが異なり、時代に合わせてサゲ(落ち)を変えている場合もある。

「今回は初心者の方でも楽しめる6つの演目を選んであらすじを紹介しています。今は亡くなった師匠方の心に残る名演も記しましたので、CDやネットなどで聞いてみてください。名人芸を入り口に、落語を好きになってもらえたら」

Q.噺の数はどれくらいあるのですか?

演目の数は300とも500ともいわれているそう。

「実際に演じられているのは200弱でしょうか。時代に合わなくなってきたものは淘汰されますし、流行り廃りもあったりします」

寄席ではその日かける噺をその場で決めるという。先に出番だった人と似た噺や、トリを務める師匠の十八番は避ける慣わしだ。

「親子の噺、酒の噺、花魁が登場する噺など、重複しないようにしなければいけません。あとはその日のお客さんを袖から覗いて、初心者らしい人がいれば、わかりやすい噺を選んだりもします」

古典ではない噺家独自の新作ならば、人と重なる心配がない、という安心がある。と、そんな事情も踏まえつつ寄席へ赴くと、いっそう興味深く落語を聞けるかも。

Q.寄席の楽しみ方やマナーを教えてください。

365日寄席を開いているところを「定席(じょうせき)」と呼び、都内では浅草、上野、新宿、池袋が代表的。昼の部と夜の部があり、約10日ごとに出演者が代わる。

「お客さんはいつ出入りしても自由ですが、できれば演目の途中は避けて。メモをとったり、知っている噺だからといってサゲの一瞬前に笑うのもよくありません」

と、たい平さんが挙げたマナーについては、このくらい。

「時間が空いたから映画でも、と同じくらいの気軽な感覚でどうぞ。一つの噺は十数分なので、映画より融通が利きますよ。まずは知っている落語家の独演会などに行ってから寄席デビューしてみてはどうでしょう。初めにおいしい料理の味を知ると、寄席で味の違いがわかり、ますます楽しめますよ」

【たい平師匠が厳選した、初めてでも楽しめる落語6選と名演。】

おすすめ(一)宿がえ(粗忽の釘)

心に残る名人:
二代目 桂枝雀(かつら・しじゃく)
独自のスタイルを確立した、上方落語を代表する噺家。

〈あらすじ〉
宿がえ(=引っ越し)をする、とある夫婦。ただ、亭主がものすごくそそっかしいためになかなかスムーズにいかない。
荷物を全部まとめた大きな風呂敷を担ごうとしたら、家の柱ごと縛っていたので持ち上がらず四苦八苦。家を出て歩き始めてからも回り道をしたり、他人の世話を焼いたりと珍道中に。ようやく新居にたどり着くと、妻に遅いと叱られる始末。

「ほうきを掛ける釘を打っておくれ」と頼まれ、イライラしながら八寸もある長い釘を壁に打ち込んでしまう亭主。釘の先が隣の家に突き出て、迷惑をかけているかもしれないと妻。

「すぐにお隣さんに行って謝っておいで」と言われた亭主は、お向かいの家に行ってしまい、いざお隣の家を訪ねたら、何をしにきたか忘れてしまった。

「あ、そうだ。壁に長い釘を打ち込んじゃって」「どこへ打ち込みましたか?」「えっと、日めくりの横の……」「それはあなたの家でしょ。一度帰って、ちょっと叩いてみてくださいよ」。

叩くと、音がするのは隣家の仏壇のあたり。見れば、阿弥陀様の喉の横から釘が出ている。「わあ、これは困ったなあ」と亭主。「何がです?」「明日から毎日ここにほうきを掛けにこなきゃいけない」

〈解説〉大笑いできる、 時代を超えたザ・上方落語。

上方落語では「宿がえ」、江戸落語では「粗忽(そこつ)の釘」という演目名です。

そそっかしい粗忽者は落語によく登場しますが、それにしたってこの亭主はそそっかしすぎますね。何回聞いてもひっくり返って笑える、人間のおかしみがよく表現された噺です。とくに桂枝雀師匠のは格別。動きが激しい独特のスタイルで、すごく賑やか。これを聞いて笑わない人はいないでしょう。

\笑わせてなんぼ! 上方落語の究極の形。/

おすすめ(二)粗忽長屋

心に残る名人:
五代目 柳家小(やなぎや・こ)さん
落語界初の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

〈あらすじ〉
そそっかしい八っつぁんが浅草の観音様へお参りに行った。

雷門の近くに人だかりができていて、なんでも、行き倒れの男の身元が分からないので、通行人にも見せて知り合いを探そうということらしい。

見てみると、倒れていたのはなんと、同じ長屋に住んでいるぼーっとしていてそそっかしい熊五郎だった。

「今朝、体調が悪いと話していたとこだった」と言うと、「だったら人違いですよ。昨夜からここに倒れているんだから」「それじゃ本人を連れてこよう」と言って、行き倒れている〝本人〟を呼びに長屋へ帰ってしまった。

熊に向かって「お前、呑気にしてる場合じゃねえ。いいか、びっくりするんじゃないぞ、お前は夕べ、浅草で死んでるんだよ」「おかしいよ。俺、ここにいるじゃないか」「だからお前はそそっかしいっていうんだよ。そそっかしいから、死んだのに気がつかずに帰ってきちゃったんだよ」。

言いくるめられた熊が八っつぁんと一緒に浅草へ行って遺体を見ると、「わあ、これは俺だ!」と納得。遺体を引き取ろうと熊が抱き上げる。「なんだか分からなくなっちゃった。抱かれているのはたしかに俺だが、抱いている俺はいったい誰なんだろう」

〈解説〉ナンセンスな落語の面白さと芸の凄みが圧巻!

私が大学生のとき、初めて聞いて感銘を受けた落語が、小さん師匠の「粗忽長屋」です。行き倒れの本人がその場にいるなんて普通に考えたらあり得ないのですが、冷静にそう考えることもできないくらい噺に引き込まれてしまいました。それが人間の厚み、芸の厚みなのだろうと今でも思います。サゲのひと言も、師匠が言うと腑に落ちてしまうから不思議ですね。

\あり得ない噺だからこそ 演じ手の力量が出ます。/
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