くらし

精神科医がレクチャー、人間関係のストレスと厄介な“怒り”のコントロール。

多くのストレスをもたらす原因が、実は人間関係。心穏やかに人付き合いができる秘訣を、精神科医の名越康文さんがわかりやすくレクチャーします。
  • イラストレーション・鈴木衣津子 文・板倉みきこ

[topic1]今は、人間関係を見つめ直すベストタイミング。

ウィルス対策で人と距離を取らざるを得ない今。どんな人間関係が自分にとって心地よいか、慣習や常識に囚われず改めて考えてみるのに最適な状況になった、と精神科医の名越康文さん。

「もともと日本はチームで働くのが大好きな“村社会”。個人の考えより集団のルールが優先されてきました。でも今回、全ての人に強制的に、人間関係の大きな変化が起きた。会社員は、週5日みんなで揃って仕事しなくてもよかったことに気づいたのが象徴的です」

もちろん、お互いに誤解をなくし、コミュニケーションを円滑にするために、直接会う必要性もある。

「でも、それもたまにでいい。“たまに”の感覚は、仕事の種類や人との関係性などで変わります。様々なコミュニケーションツールが発達した今、付き合い方や、会うサイクルなどを個人が選べるようになったのが、今回の騒動の恩恵です。これまで、人付き合いがストレスの多くを占めていた人には、やり方を変えるチャンスなんです」

Photo by Vladimir Fedotov on Unsplash

[topic2]心は自分自身ではない。付き合いにくい隣人と思うべき。

「私は、人間関係の問題というのは、突き詰めていけば私たち一人ひとりの心の問題だと考えています。でも、ほとんどの人が『心とは何か』という本質を考えずに、人間関係の悩みを解決しようとするから、ピントの外れた対策をしてしまうのだと思います」

心はすぐ暴走するもの、ということを理解するのがまずは大事。

「試しに、椅子に座って背筋を伸ばし、目をつぶってください。3分間ほど、自分の心を観察するんです。いろんな想念が入れ替わり立ち替わり、頭の中を駆け巡っていることがわかるはず。これは『人の心は一瞬で変化する』ことを実感する、一番簡単な方法。同時に、この変化を意識的に鎮めるのは非常に難しいことにも気づくでしょう」

すぐ暴走する心は、自分の最大の味方でもあり、最大の敵になることも。
「自分=心ではなく、自分の中にあるものであっても“付き合いにくい隣人”と思って対策を練ることが、対人関係を変えていく上で最大の課題です」

[topic3]コミュニケーションの原点は、怒りであることを知る。

コミュニケーションの問題は、私たちの生い立ちが“母親と子ども”という関係性で始まったことと関係している、とするのが名越さんの仮説。ここでいう母親は、“母親的な存在”ということ。赤ん坊と母親の関係は、赤ん坊が「おぎゃー!」と泣き叫び、それに母親が応えることで成り立つ。

「赤ん坊が泣くのは、自分の違和感や不快感を解消してもらうためです。不快感を訴える強い感情は“怒り”。我々は人生の最初に、怒ることによって不快を快に変えることができる、というメカニズムを身につけるわけです。この仮説に基づくと、誰もがこのメカニズムを根底に身につけてしまっていることが、コミュニケーションを難しくしている、と考えられるのではないでしょうか。特に自分にとって親しい、身近な相手に対して不快感を抱くと怒りが湧きやすいのです。けっこう多くの人間が、いざとなれば怒りで人を動かそうとする思考パターンに支配されてしまっていると思います」

[topic4]対人トラブルや悩みの根源には、愛情の欲求、怒りがある。

対人トラブルに対処するハウツーを実践しても根本的な解決にはならない。

「怒りが湧くのは他者のせいではなく、自分の中に起こっていることが原因だと気づくのが、問題解決の近道です」

言葉で説明しにくい怒り、解離的な怒りの根底にあるのは、愛情欲求だ。

「私の言うことを聞いてほしい」「自分の思いどおりに動いてほしい」「もっと私に注目してほしい」という感情は、元を辿れば一種の愛情欲求です。私はこれを集中欲求と呼んでいます。こうした欲求が抑えきれなくなった時に、怒りが爆発してしまいます。このことを自覚して生活できるかが、そこから自由になるためには重要なんです」

潜在的な愛情欲求が強く、時折突発的な怒りを抑えられなくなる人は、最近増えている傾向にもある。

「過去を振り返ってみて、自分を制御できずに後悔したり、傷ついた経験があるなら、一瞬でもいいので、自分の感情の動きに自己卑下せず、冷静に向き合う訓練をするといいですよ」

[topic5]怒りは心身を疲弊させ、傷つけるものだと自覚する。

「実は私自身、相当怒りっぽい性格でした。でも30代の時に、その怒りで周囲の人を傷つけていることに気づくようになり、怒り自体を研究したんです」

“怒りは百害あって一利なし”とハッとさせられる答えを教えてくれたのが、2500年前から続く仏教。

「我々を苦しめ、疲れさせる怒りを詳細に分析し、その対応法を事細かに説いた仏典から、普遍的な知識を学べます。怒りは我を失わせ、人の知性や仕事のパフォーマンスを致命的に下げてしまいます。仏典には、『怒りは自分への毒だ』ということも明確に書かれています。そこで私は、なかなか怒りが去ってくれない時に『今、真っ黒な毒が、ポタポタと点滴で体を巡り始めている』とリアルにイメージするようにしたんです。すると、カッカしていた感情が素早く収まるようになり、心が暴走することが減りました」

怒りはネガティブな妄想を膨らめていく強い感情。他者、そして自分自身を傷つけ、疲れさせる一番の要因なのだ。

[topic6]不安、見下し、自己卑下、愚痴なども怒りの変種。

怒りと認識していない感情も、実は怒りの変種であるものが多い。

「最近、不安を抱く人が増えていますが、この不安も怒りと関わりがあります。自分を被害者のように思いつつ、その心の奥底には『なぜこんな目に遭わなければいけないのか』とか、『こんなことまで気にしてしまう自分は情けない』といった怒りがあるのです」

さらに他者への見下しや、その対極に思える自己卑下も怒りの変容パターン。

「相手を見下すのは、自分が常に正しいと思う傲慢な気持ち。傲慢さというのは、怒りに近い感情です。また自己卑下しすぎる人も、自分に対する苛立ちや、『これだけへり下っているのだから、それ以上踏み込んでくるな』という怒りが生じる場合があります。そして、一番心身を疲弊させる怒りが、不平不満や愚痴です。愚痴を言うのが癖になり、その弊害に気づかずに心身を疲弊させている人が多いのです。愚痴の怒りに気づけば、心を落ち着かせる可能性が広がります」

[topic7]自分と、他者の怒りのパターンを知れば、もっと楽になる。

「仕事やプライベートで悩んだり、困っていることのほとんどは対人関係に関わることだと思いますが、何に気を取られるか、どれほど腹が立つかは人それぞれ違います。ただ、人間関係のストレスを生む根本は怒りですから、自分の怒りのパターンがわかれば、対策法が見えてきます。万が一、怒りっぽい性格は変わらなくても、今までよりネガティブな感情に振り回される時間が減り、立ち直りが早い分、トラブルに巻き込まれることも減るでしょう」

相手の怒りパターンを知るのも得策。

「すぐに嫌味を言う人、攻撃的だったり無礼な態度をとる人など、私たちを怒らせる人やイライラさせる人は必ずいます。でも、その人たちの心の中を想像してみると、実は彼らもまた“怒っている”人で、苦しみや孤独の渦中にいることがわかります。相手のパターンがわかれば、自己防衛も可能ですし、『この人も怒りで苦しんでいる』というところまで思いが及べば、やたらカリカリする気持ちも少し減るでしょう」

名越康文(なこし・やすふみ)さん
精神科医。相愛大学、高野山大学客員教授。テレビのコメンテーターや、映画評論、漫画分析など多方面で活躍。自ら作詞作曲を担当するオリジナルバンドを結成し、活動中。

『クロワッサン』1026号より

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