昭和の“女房”ファンタジー。ああ、幻想の中の夏目雅子! 『時代屋の女房』│山内マリコ「銀幕女優レトロスペクティブ」
昭和の文壇を間近に知る名編集者にして、自身も小説家に転向した村松友視の直木賞受賞作『時代屋の女房』。刊行翌年の1983年(昭和58年)に映画化され、タイトルロールを夏目雅子が演じました。
大井町の三叉交差点にある古道具屋の「時代屋」。安さん(渡瀬恒彦)が営むこの店に、猫のアブサンを抱えた真弓(夏目雅子)が突然転がり込む。半年後にはすっかり夫婦のように暮らしていたが、彼女には「ちょっと出てきます」と伝言を残しては数日帰らない、奇妙な放浪癖があった……。
バブルへ向かいつつある時代に背を向けるように、誰かの思い出が沁み込んだ骨董品を売る「時代屋」。ビクター犬の置物、革のトランクといったアイテム使いは言うまでもなく魅力的なうえ、らせん階段の歩道橋を渡った先という立地もどこか、夢の中の店といった佇まい。行きつけの飲み屋に集う顔なじみとの猥雑な会話は人情喜劇の味わいで、この映画自体に、古いものだけが持つしっくりした安らぎがあります。現実から半歩浮いた場所でくり広げられる、大人のファンタジーというべきか。
とりわけファンタジー色が濃厚なのが、夏目雅子演じる真弓のキャラクター。なにしろ白いワンピースを着て日傘を差し、猫まで抱いて登場するのです! ちょっと“不思議ちゃん”的ですらある言動でそれこそ猫のように居着き、「踏み込まないのが都会の流儀」とうそぶいて素性を語らず、ふらりと出ていったまま帰らない。生々しい女ではなく、昭和の男たちの妄想上の“女房”という感じ。
意味深なのが、男から見たらかなり面倒くさそうな田舎娘の美郷役も、夏目雅子が一人二役で演じているところ。幻想の女と現実の女を一手に引き受け、つかみどころのない浮遊感とあっけらかんとした生来の明るさが絶品ですが、このわずか2年後に急逝したことを思うと、ラストシーンの笑顔は、また別の意味を持って胸に迫ってきます。
山内マリコ(やまうち・まりこ)●作家。新刊『The Young Women’s Handbook~女の子、どう生きる?~』(光文社)が発売中。
『クロワッサン』1023号より
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