漢字について、ゆっくり話そう。【笹原宏之さん×篠宮 暁さん 対談】
撮影・青木和義 スタイリング・山崎康洋(篠宮さん) 文・嶌 陽子
初めて書いた「4」の字が間違っていた。そこから私の漢字人生が始まったんです。(笹原さん)
笹原 日本人にとっては、漢字は意味や思いを乗せられるのが魅力なんでしょうね。「鬱」もそうだし、「想う」も、「思う」とは違って、相手のことを思う特別な思いだと捉える。一方、中国人にとって漢字はただの道具のようです。「鬱」も書くのが大変だからと、同じ発音の「郁」を使っています。
篠宮 漢字から意味を感じ取るのは日本人独特なんですね。そもそも笹原先生が漢字に興味を持ったのは何がきっかけだったんですか?
笹原 幼稚園の年長の時だったかな。母親が「もうすぐ小学生なんだから漢字を少し覚えておくといいわよ」と言って漢字で「一、二、三」と書いて教えてくれたんですよ。なんだ、漢字ってこんなに簡単なんだと思って、「4はこうでしょ」と横に4本線を引いたら「違うのよ」と言われた。
篠宮 あははは。
笹原 なんて不条理なんだと思いましたよ。そこから私の漢字人生が始まったんです。小学校高学年で漢和辞典というものを知って、暇さえあれば眺めるようになった。次第に覚えることよりなぜこうなっているんだろう?と考えるのが楽しくなってきたんです。
篠宮 僕もレパートリーを増やす中で疑問が出てくるようになりました。たとえば、「坐禅」という字。「座禅」と「坐禅」のどっちなのかと思って調べたら、「坐禅」なんですよね。どうしてなんだろうと思ってさらに調べたら、本来「座」はすわる場所を、「坐」はすわるという動作を表すと知って。そういうのがすごく面白いですね。
笹原 「なぜ」を調べるのはいいですね。「坐」と言えば、医師から聞いた話があるんです。ある患者さんに座薬を処方したのに症状が良くならない。薬をちゃんと使っているかと聞いたら「座って飲んでます」と。
篠宮 座薬だから座って飲む(笑)。
笹原 さらに私が驚いたのは、その医師が「“坐”って字をよく見れば分かるはず。縦棒が刺さっているのは薬を刺した形でしょう」と。古代にできた文字で、そんなわけないのに(笑)。
篠宮 お医者さんには、職業柄そう見えてしまうんでしょうね。
笹原 でも実際、成り立ちで覚えやすい漢字もあるんですよ。「尋」は「ひろ」といって、人が左手と右手を広げた長さを表す単位。よく見ると、右と左のつくりが入っているんです(下参照)。
篠宮 わあ、面白いですね!
あの文豪も代表作の題名の漢字を間違えたことが。
篠宮 最近、漫才の台本をパソコンで書く時も、漢字の変換候補が複数出てくると、どっちだろう?と立ち止まって考えるようになりました。
笹原 パソコンを使う現代だからこそ、漢字の使用率は昔よりむしろ高まっています。手書きだとひらがなにしてしまえばいいけれど、パソコンだと複数の変換候補の中から選ぶ力が必要になる。ある種の教養が試されますね。
篠宮 確かに、意味が分からないと選べませんよね。
笹原 平安時代から、漢字は教養のイメージと結びついていたんです。そもそも漢字は「真名(まな)」と呼ばれていた。つまり、本当の文字という意味です。ひらがなは仮の文字、「仮名」と呼ばれていて、真に教養のある人は「真名」を書くものだとされていたんです。
篠宮 僕も「鬱」を書けたら格好いいだろうなと思って勉強しましたしね。
笹原 篠宮さんのレパートリーの中に「檸檬」はありますか?
篠宮 はい。(書きながら)「キウゴコロ、サラチョウ、キ、モー!」
笹原 いいですね(笑)。『檸檬』って梶井基次郎さんの名作があるでしょう? あれで檸檬という漢字を覚えたって学生もいる。でもね、前に梶井基次郎さんによる自筆原稿が出てきて、それを見たら「檸檬」の漢字が間違っていたんですよ。
篠宮 ええ!
笹原 最初に「檬」を書いちゃって、2文字目は書くことがなくなっちゃったから、木偏に「孟」って書いていた。
篠宮 梶井基次郎先生、やっちゃいましたねえ(笑)。
笹原 なんだか可愛らしいでしょう。「獰猛(どうもう)」と混ざったんでしょう。人間味がありますよね。梶井さんに篠宮さんの覚え方を教えてあげたかったな。