恩師の酒井は最初、懐の深い立派な人物として登場します。それだけに、女のことになると差別心丸出しになる落差がショッキング。芸者を「泥水稼業」「売女」と呼んで蔑むくせに、芸者の女将(木暮実千代)を妾にして妙子(三条魔子)を産ませるなどやりたい放題の酒井。明治時代の封建的な家族制度がいかにドロドロした矛盾に満ちたものか、まるで告発するように描かれます。
というのも実は本作、泉鏡花自身が恩師の尾崎紅葉によって、惚れた芸者との仲を引き裂かれたつらい思い出を、ほぼそのまま描いているから。妙子を見初めた河野という男が登場しますが、そこでも強調されるのは系図(家柄)にこだわる心理の醜さです。
対照的に美しいものとして描かれるのが、お蔦のけなげな心。演じる万里昌代の、ヴァンプ系の派手な美貌に反して性格がめちゃくちゃ良さそうな個性が、この純愛にリアリティをもたらしています。さらに、蝶よ花よと育てられた妙子のピュアなお嬢さんぶりがいい! プレゼントを持ってお蔦を訪ね、元芸者陣をボロ泣きさせるシーンは出色です。
一度は芸者と別れるも、紅葉の死後に無事に結婚できた鏡花の実話と違い、本作は涙涙のラスト。今際(いまわ)の際、蔑まれてきた女を代表して家父長制の権化である酒井に物申すお蔦には、むせび泣くしかないのでした。