杉江松恋さんが薦める、北欧ミステリの3作品。
撮影・黒川ひろみ 文・三浦天紗子
{北欧ミステリ}
北欧ミステリはいまや年末の風物詩でもある各誌ミステリベストテンの常連。国内外のミステリに精通している杉江松恋さん曰く、
「北欧ミステリといえば、王道は、個性的な警察官たちが存在感を見せる警察小説です。猟奇的で陰湿な雰囲気の中で、貧困や虐待、死刑制度、差別など社会問題を色濃く描くのが特徴。高いリーダビリティーも魅力です」
『湿地』は、著者の故郷アイスランドの首都レイキャビクが舞台のシリーズで、本書が初邦訳作品。
「変死体が発見され、被害者の過去を探っていくうちに、どんな不条理や社会のひずみがその悲劇を生んだか。どういう因果で現代の事件と結びつくかの背景が見えてくる。正統派の北欧ミステリです。主人公のエーレンデュルという捜査官はいつも不機嫌なのですが、彼にとって家族は悩みの種。彼が周囲に当たり散らす理由もわかるので、本書から読み始めるのを勧めたいです(笑)」
『地下道の少女』は、スウェーデンのストリートチルドレンをテーマにした重苦しいミステリ。
「ストックホルムには巨大な地下網があり、市警察の警部たちは地下住民の助けを借りるべく駆け引きを繰り広げます。それと、冒頭で起きた子ども置き去り事件はどうつながるのか。ルースルンドは元テレビジャーナリストで、現実と虚構のバランスがうまい。終盤の展開といい、スウェーデンでいちばん筆力がある作家では」
一方で、これまでの作品傾向に新しい波が生まれているという。
「たとえば、『1793』のような歴史ミステリです。湖に浮かんだ猟奇的な死体が見つかり、日本でいう岡っ引き役の隻腕(せきわん)の風紀取締官・カルデルが、余命幾ばくもないインテリ法律家・ヴィンゲとともに事件を追います。悪臭漂う18世紀のストックホルムの混沌が目に浮かぶような新人離れした描写力も見事。三部作の第一作が本書なので、続刊が楽しみです」
心の闇や社会問題を踏まえつつ、物語を読ませる力に瞠目。
『クロワッサン』1010号より