くらし

【堀本裕樹さん×アーサー・ビナードさん 対談】俳句の聖地で交わされた濃密な会話とは。

今回の対談で訪れたのは、東京・根岸にある「子規庵」。
  • 撮影・天日恵美子 文・三浦天紗子

十七音のハードルが低い。だから誰もがすぐ俳句に跳び込める。(ビナードさん)

五七五のリズムが、日本人にはDNAレベルで心地いいのかも。(堀本さん)

(左)堀本裕樹さん 俳人 (右)アーサー・ビナードさん 詩人

日本とアメリカ、国は違っても、自然豊かな土地で生まれ育ったという共通点があるふたり。対談は、アーサー・ビナードさんの著書『もしも、詩があったら』(「もしも」をキーワードにした古今東西の詩を取り上げ、解説する詞華(アンソロジー)集)の話から始まりました。

堀本裕樹さん(以下、堀本) ビナードさんの著作をいろいろ読ませていただきました。特に『もしも、詩があったら』には、発見や共感など思うところが多々ありました。お話しできるのを楽しみにしてきました。

アーサー・ビナードさん(以下、ビナード) 『もしも、詩があったら』の本づくりは、かなり長期にわたるものでした。「もしも」の詩、つまり「イフ(if)」が生かされている詩を集め始めたのは大学生くらいからです。

堀本 これは本当にいいくくりのアンソロジーですよね。「もしも」という視点でくくることによって、見えてくることがたくさんありました。実は僕、数年前に、まさにそんなイフの句を作ったことがあるんです。

ビナード え、どんなのですか。

堀本 「剥製の日本人や秋の暮」。もしも、経済発展の名の下に日本の豊かな大地や海が汚染されていくと、日本人はやがていなくなるんじゃないかとふと思ったことがあって。アメリカ人やフランス人は生きてるかもしれないけれど、日本人はニホンオオカミみたいに絶滅してるんじゃないのかと。

俳句では、潜ませて詠む。イフがもたらす、文学の可能性。

ビナード 確かに、堀本さんのその句には隠れたイフがありますね。「もしも」は直接的に出てきませんが。

堀本 俳句の場合はその言葉は削ぎ落として、句の内容で感じさせないと説明的だと見なされてしまう場合が多いですね。「秋の暮」というのは、寂しさを含む季語ですが、いまはそれ以上の寂寥(せきりょう)感や危機感を持つ時代に差しかかっている気がします。

ビナード 僕の高校の歴史の先生は、「歴史に『もしも』はない」と教えてくれたけど、僕は「現実となったこと」と「現実となり得たはずなのにならなかったこと」を比べることには意味があると思っていました。のちに自分が詩を作ろうとしたときにも、イフを使うと文学的な視点で歴史を語ることができると感じた。パラダイスを想像する楽観視のイフもあるけれど、厭世的(ペシミスティック)な悲観の方向に行きがちかもしれない。

堀本 日本には「童謡(わざうた)」というのがあるんですね。童謡とは予知をする歌なんです。日本は言霊信仰が根強くて、言葉には強い力が宿っている、言葉にすることでそれが現実になると考える。そこから、風刺や事件の前兆を裏に含んだ「はやり歌」みたいなものが生まれてきたと思うんです。

ビナード アンデルセンの童話で「王様は裸だ」と叫んだ少年ですね。社会にあまり組み込まれていない人が真実を授かって言う、という発想かな。

堀本 そう。「特に子どもの口を通じて歌わせるものと考えられていた」らしい。ただ、僕自身も先の句を意識的に作ろうと思ったわけではなくて……。

ビナード 「作った」というより、来ちゃったという感じですね。聖書にはそういうエピソードがずいぶん出てきます。預言者が災いを回避するために人々に悔い改めるよう呼びかける。いや、聖書じゃなくても、世話になっている日本の詩人、若松丈太郎さんは、福島第一原発がメルトダウンする19年も前に、チェルノブイリ事故の現実と福島の未来とをオーバーラップさせた詩を書いています。そんな見事な傑作を生み出した若松さんが文学者として高く広く評価されているかというと、いまだに主流からは外されているように思う。文学の役割ってどうなんでしょうね。ハッピーエンドが求められるのか、バッドエンドを書くべきか。

堀本 どちらもあると思うんです。でも、小説や詩は自分から率先して手に取り、耐えて読むというプロセスを持たなければ自分の中に入ってこない。街に溢れる広告は、キャッチーだけど血肉にはならないのとは対照的に。

ビナード そう考えると、俳句は特別ですね。十七音と短いから、目を動かさなくても一度に捉えられる。

堀本 五七五のリズムも、日本人にとってDNAレベルで心地いいと感じている人が多いでしょう。日本でちょっとした俳句ブームになっているのも、誰でも入りやすい形態だからかも。

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