『化物蠟燭(ばけものろうそく)』著者、木内昇さんインタビュー。 「人の情みたいなものを描きたいな、と」
撮影・黒川ひろみ(本) 青木和義(著者)
江戸を舞台にした7つの物語。理屈では割り切れない話を集めた、不思議譚である。1編ごとの登場人物は、年頃も性別もそれぞれ。そこには時に、この世の人ではないものも混じって現れてくる。
「江戸の狐狸妖怪、幽霊が出てくる、ちょっと不思議な話を書こうと初めから思っていたんです」
と、木内昇さん。1編ずつ、長編執筆の合間に取り組んだため、書かれたタイミングは異なる。けれど、どこか相通じるものもあって。
「人の情みたいなものを描きたかったんです。思いを残すというのはどういうことなのか、残った思いはどうなるのか、という気持ちがずっとありました。いずれみんなこの世を去っていくわけで。誰かが死んで、その人を知っている人がいなくなったとき、もう何も残らないのだろうか。かといって、身近にいたとしても全てがわかるわけではないし。結局、人の考えていたことは、その人の中だけにあるわけですよね。それはすごく切ないことだな、と」
根底にあったのは、そんな気持ちだったという。今を生きているものと、現世を離れてしまったもの。どちらか、または互いに、相手を思い合って生まれる物語には哀切が伴う。たとえば……。
1編ごとに本を閉じて、そっと反芻したくなる物語。
1編目で登場する老爺は、妻を亡くして長屋に独り住まい。どうも訳ありの様子の上品な若夫婦が隣に越してくることで、不思議な縁が結ばれていく。老爺を訪ねてきた元長屋の住人の「あの旦那はもう死んでるぜ」という一言が波紋を呼び物語は進んでいくが、この老爺自身が心の奥底に抱えていたものも徐々に浮かび上がってくる。「亡くなった妻は果たして、自分との暮らしに満足していたのだろうか」。生きているものと、もはやこの世を離れたものと、見え隠れする各々の思い。それが心の奥底に沁み入ってくる。
「たぶん、読んで救われてほしいというのがあるんですね。ただおどかすだけの話ではなくて」
木内さんは語る。だからこそ、1編ずつ読み終えるごとに、思わず本をおいて、そっと目を閉じてしまいたくなる。物語の世界を反芻したくなるのだ。
そんな中、異色なのが幼なじみの若い女性たちを描いた物語だ。そこにはこの世ならぬものは一人として登場しない。親しい女同士のえも言われぬ関係は、舞台が現代でも違和感なくリアルなもの。が、これが本当に恐ろしくて……。
「ほかの話は、人ではないものが出てきても、気持ちが通じ合っていたりするんですけど。本当に恐ろしいのは、通じ合えない人間」
久しぶりに読み返して自ら「いらいらしてしまった」のだという強烈さ。後味は決してよくはないものの、心に引っかかる1編だ。
生きている人間の恐ろしさ、この世でないものとの強く、時に儚い絆。味わいも異なる7つの世界にどっぷりハマりこむ、そんな愉しみが詰まっている。
『クロワッサン』1005号より
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