方向、距離だけで目的地へ!?│山口恵以子「アプリ蟻地獄」
イラストレーション・勝田 文
これは簡単に言うと地図アプリ。いや、最も簡単な地図アプリと言うべきだろう。
目的地を入力すると画面に現れるのは進行方向を指す矢印と距離のみ。
例えば自宅から最寄り駅を入力した場合、矢印は斜め前方を指す。それに従って道を歩き、信号にさしかかると九十度角度を変える。横断歩道を渡ると矢印は真っ直ぐ前を向き、その先には駅が見える……。
スマホにはGoogleMapsも入れているが、こちらで行く先を探すと、地図が出てくる。恥ずかしい話だが、目印になる店や建物名が表示されていないと、自分が地図のどの地点にいるのか分らないことが多く、目的地と反対方向に進んでしまったりする。
その点、常に進行方向を表示してくれるこのアプリなら大丈夫。
先日、錦糸町の呑み会に向う時、早速活用してみた。
駅から矢印を頼りにひたすら歩く。そのあまりにもシンプルで、どこかコンパスの針に似た姿を見ていると、昔テレビドラマ「夢千代日記」で知った前田純孝の和歌「磁石の針 振り乱さんは 無益なり 磁石はつひに 北を指す針」を思い出した。与謝野鉄幹に「東の啄木 西の純孝」と賞された薄幸の歌人である。
そんなことを考えたせいか、店を通り過ぎてしまった。あわてて引き返したが、店がない! ウソ!
三度目にやっと分った。建替えで店の外観が変っていたのだ。
地図アプリだけでは万全ではない。本人の注意力も必要だ。
山口恵以子(やまぐち・えいこ)●作家。近著に『夜の塩』(徳間書店)。
『クロワッサン』1003号より
広告