くらし

土地を愛して、縛られない。自由で軽やかな海辺の生活。

  • 撮影・MEGUMI(DOUBLE ONE) 文・平井莉生
愛用しているスタンレーのボトルからコーヒーを注いでいるのは、木工好きの友人が作った木のマグカップ。
地元の野菜をたっぷり使ったクスクスのサラダがメインの朝食。焼きたてのパンとコーヒーと一緒にいただく。
シンプルなパンが食べたくてパンを毎日焼いている。担当は人見さん。毎朝パンのよい香りと共に目覚める。

「グッデイコーヒーの美穂さん」そう呼ばれる居心地のよさ。

御前崎で暮らし始め、コーヒーショップ『グッデイコーヒー』を始めたのは、人見さんに「何かしたいことはないの?」と言われたのがきっかけだった。

「そのときはどうしてそんなこと言ったんやろうなぁ」と笑う人見さんの横で、野崎さんが教えてくれた。

「ちょうど御前崎での生活も落ち着いてきたころでした。彼にそう聞かれて、咄嗟に口を突いて出たのが『コーヒー』。もともとコーヒーは飲むのも淹れるのも好き。さらにスタイリストの仕事と違い、小さなスペースと道具と豆さえあれば焙煎できる。それならどこでもできていいなと思ったんです」

高級なスペシャルティコーヒーではなく、毎日飲めるけど特別なコーヒーを作りたい。そこからは強い思いで豆の選別から焙煎、淹れ方まで、独学で習得。

「学校に通う授業料の分だけ、コーヒーを焙煎したらうまくなるだろうと思って、自分で挑戦を重ねました。そうしているうちにサーフィン仲間だった製材所の社長が、自分が所有する敷地の片隅にある小屋を『使ってみたら?』と声をかけてくれて、『グッデイコーヒー』をオープンしました」

今ではサーフィン仲間だけではなく、地元の老若男女が集う店に。店を訪れた野崎さんの友人が「この間、だんなが鯛を釣ってきてちょうどよい塩梅だから今晩持っていくね」と言えば、「うちに譲ってもらった立派なカブがあるからそれを持っていってよ」と野崎さんが返す。こうしてあっという間に、その晩の食卓に並ぶ料理が決まる。

「場所を貸してくれたり、畑の野菜を譲ってくれたり、釣った魚を届けてくれたり……。こうして考えると周りの人に助けてもらってばかり。御前崎の人たちは、東京から来た私のことを受け入れてくれて、今では『グッデイの美穂さん』と呼んでくれる。それが心地よいんです」

気候がよい日は外で朝食を。ウッドデッキは、前の住人が残していったもの。テーブルとベンチは外枠にかける可動式で、日当たりによって場所を変えられるのが便利だ。

終の住処はまだ決めず、心のままに暮らす場所を選ぶ。

充実した御前崎での暮らしを愛する野崎さんだが、冬が訪れればこの地を離れる。人見さんが営むスノーボードショップのために、冬から春の間は白馬乗鞍へと暮らしの拠点を移すのだ。

「まさか自分が雪の中で暮らす日が来ようとは。でも冬の白馬乗鞍はすごくいいんですよ。サーフィンを生涯続けるのは難しいかもしれないけれど、スキーなら続けられるかもしれない。80歳で毎年白馬に通っているご夫婦もいます。今の家は御前崎にあるけれど、終の住処は白馬乗鞍になるかもしれない。でもそれはまだ決めていません。コーヒーはどこでも淹れられるしね」

近所で無農薬の畑を営む友人から届いた野菜。この日はカブやズッキーニ、ヤングコーンなど。
毎日混ぜる自家製醤油麹。「魚、野菜。なんとでも合います」
食卓に並ぶ立派な地魚の刺身と、地元の野菜をたっぷり使った料理。「魚は釣り好きの友人が地元で釣って、熟成させたもの。食べごろを捌いて届けてくれたんですよ」
ハンドドリップでコーヒーを淹れる野崎さん。着用するエプロンも友人の作品だ。
地元で子育てをする友人が「安全で美味しく」と手作りするお菓子。不定期で店頭に。
木を基調とした店内。もともとの空間を生かし、試行錯誤を重ねてやっと完成。
道路から少し奥まったところにある店舗。小さな看板が、「営業中」の目印だ。
豆は野崎さんが選び、自ら焙煎。自宅用の豆を買いに来る地元のコーヒー好きも多い。

野崎美穂(のざき・みほ)さん●スタイリスト、コーヒーロースター。1991年にスタイリストとして独立。現在はスタイリストの仕事も続けながら、コーヒー事業や、パートナーが営むスノーボードショップにも携わる。

『クロワッサン』1001号より

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