御前崎で暮らし始め、コーヒーショップ『グッデイコーヒー』を始めたのは、人見さんに「何かしたいことはないの?」と言われたのがきっかけだった。
「そのときはどうしてそんなこと言ったんやろうなぁ」と笑う人見さんの横で、野崎さんが教えてくれた。
「ちょうど御前崎での生活も落ち着いてきたころでした。彼にそう聞かれて、咄嗟に口を突いて出たのが『コーヒー』。もともとコーヒーは飲むのも淹れるのも好き。さらにスタイリストの仕事と違い、小さなスペースと道具と豆さえあれば焙煎できる。それならどこでもできていいなと思ったんです」
高級なスペシャルティコーヒーではなく、毎日飲めるけど特別なコーヒーを作りたい。そこからは強い思いで豆の選別から焙煎、淹れ方まで、独学で習得。
「学校に通う授業料の分だけ、コーヒーを焙煎したらうまくなるだろうと思って、自分で挑戦を重ねました。そうしているうちにサーフィン仲間だった製材所の社長が、自分が所有する敷地の片隅にある小屋を『使ってみたら?』と声をかけてくれて、『グッデイコーヒー』をオープンしました」
今ではサーフィン仲間だけではなく、地元の老若男女が集う店に。店を訪れた野崎さんの友人が「この間、だんなが鯛を釣ってきてちょうどよい塩梅だから今晩持っていくね」と言えば、「うちに譲ってもらった立派なカブがあるからそれを持っていってよ」と野崎さんが返す。こうしてあっという間に、その晩の食卓に並ぶ料理が決まる。
「場所を貸してくれたり、畑の野菜を譲ってくれたり、釣った魚を届けてくれたり……。こうして考えると周りの人に助けてもらってばかり。御前崎の人たちは、東京から来た私のことを受け入れてくれて、今では『グッデイの美穂さん』と呼んでくれる。それが心地よいんです」