99歳の現役医師に聞く、不調知らずの体を作る小さな心がけvol.1 | からだにいいこと | クロワッサン オンライン
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99歳の現役医師に聞く、
不調知らずの体を作る小さな心がけvol.1

高齢ながら、不調知らずの髙橋さん。その秘密は、私たちが見逃しがちな、日々の小さな心がけにあるようでした。

2月、神奈川県秦野市にある秦野病院を訪れた。晴れた日で、遠くの丹沢山系の稜線が青空に映えて美しい。
 
執務室でにこやかに迎えてくれたのは、小柄な白髪の女性。秦野病院の理事長・髙橋幸枝さんだ。

髙橋さんは現在、99歳。秦野病院を開いてから約50年、内科医、精神科医として診療にあたってきた。今は精神医療を理念とする秦野病院の他、就労移行支援事業所「りんく」や、共同生活援助を行う「はたのホーム」を有する医療法人「秦和会(しんわかい)」の理事長を務め、週に1度、診療も受け持つ。これまで大きな病に罹ったことはなく、現在もとくに調子が悪いところはないという。

「運動はしていないし、早寝も苦手。平凡な生活ですよ」と髙橋幸枝さん
「運動はしていないし、早寝も苦手。平凡な生活ですよ」と髙橋幸枝さん


もちろん、生活習慣病とも無縁だ。

100歳に近い年齢ながら超健康体で、しかも現役医師である。となれば当然気になるのが、その健康維持法。

意外で効果的、みんながあっと驚くような秘訣を持っているに違いない……。

「みなさんにそう聞かれるんですけれど、でも、ごく平凡な生活なんですよ」

健康にいいから、と食べているものはないし、運動もとくにしていない。昼寝もしないし、案外宵っ張りで、夜は遅くまでテレビを観ています。

 確かに、いたって普通。けれどしゃきっと伸びた背筋や明快な受け答えには、やはり(失礼ながら)ただものならぬ雰囲気が。

99歳にして頭脳明晰・身体健康のカギは、その「平凡な」日日の習慣のなかにきっとあるはず。髙橋さんの1日の過ごし方を追った

お腹が空いていなければ、
無理に食べることはしません。

午前中は、仕事が中心。

「朝は、今なら6時半に起きます。夏だともう少し早め、5時半くらい。自然とお日様が出る頃に目が覚めます」

起きたら朝刊を取りに1階へ。髙橋さんが暮らすのは、病院設立と同時に移り住んだ、敷地内にある事業所の3階部分。エレベーターはないので、外階段を使って下りて、また上る。

「この年になるとおっくうだけれど、階段を上り下りしないと家に出入りできないから、仕方ないわね(笑)」

取ってきた朝刊にさっと目を通してから、朝食を摂る。

「以前はパンやごはんとおかずでしたけど、最近は果物だけが多いかしら。りんごやみかんを半分くらい食べて、あとはお茶を飲んでおしまい」

階段昇降のおかげで、脚にしっかりとした筋肉がついた。
階段昇降のおかげで、脚にしっかりとした筋肉がついた。


いたって簡素な朝食だが、それでもお腹が空いて困ることはないという。

「もうあまり、エネルギーを必要としないのかもしれないわね。もしお腹が早く空いたら、お昼を少し早めます」

体がそのとき欲するものを、食べられる量だけ。そんなふうに考えている。

診察は週に1度だけ、昔からの患者さんのみを受け持っている。処方箋はパ 著書にパソコンで操作。「タイピストだったので、キーボードには慣れているの」
診察は週に1度だけ、昔からの患者さんのみを受け持っている。処方箋はパソコンで操作。「タイピストだったので、キーボードには慣れているの」
 
朝食を終えたら身支度をして、階段をふたたび下りて出勤。職場までは徒歩3分の距離だ。8時半過ぎの朝礼に必ず出席し、スタッフたちと挨拶。年若の看護師とも、ベテランスタッフとも、親しげに言葉を交わす髙橋さん。事務長の瀬戸雅彦さんは言う。

「先生はつねに活動的。私も50代ですが、先生と接すると、簡単に疲れたなんて口に出せません。当院では高齢の方も多く働いていますが、みなさん元気。髙橋先生の影響は計り知れません」

朝礼の後は、執務室で仕事をしたり、医療法人の会合に出かけたり。この日は、週に1度の診察日だった。

「調子はどう? そう。そうですか」

訪れた患者の顔を見ながら、ゆっくりと話を聞く。

「数年前からそろそろ診療の担当を外れようと考えていたのですが、患者さんに『元気になります、話を聞いてください』と言われるとやっぱりうれしいもの。それで、続けています」


「若い頃から、社会のためになる仕事がしたかった」と言う髙橋さん。

未婚女性は花嫁修業に励むのが当たり前だった昭和11年、19歳で女学校を卒業すると同時に「職業婦人」を志し、タイピストとして海軍省で働く。やがて中国・青島へと渡り、そこで出会った日本人牧師に感銘を受け、秘書として北京の慈善施設で働くうちに、牧師の勧めで医師の道へ。戦後、東京の桜美林学園に診療所を開設、さらに40歳のときに独立して、当時は医療過疎地だった神奈川県大和市に髙橋医院を開業。そしてその10年後、秦野病院を設立。

挑戦に次ぐ挑戦。自身が言うところの「平凡な生活」からは想像のつかない、波瀾万丈の半生だ。が、
「何事にも前のめりになってしまう性分で。夢中で走り続けてきただけなの」

あっけらかんと笑う。ハードな生活でも体を壊さなかったのは、「忙しすぎて体を気にする時間がなかったことが、かえってよかったのかもしれません」。

人と関わり、役に立つことに喜びを見出し、眼前のことに懸命に取り組む。髙橋さんのそんな生き方こそが、心身の健やかさと深く関係するに違いない。

 

◎髙橋幸枝さん 医療法人社団秦和会理事長/1916年11月2日、新潟生まれ。女学校を卒業後、タイピストとして働く。北京で日本人牧師の秘書を務めたことが縁で医師の道へ。戦後、桜美林学園に診療所を開設し、独立して髙橋医院を開く。1966年、精神科を標榜する
秦野病院を開設する。診察は週に1度だけ、昔からの患者さんのみを受け持っている。処方箋はパ 著書に『小さなことの積み重ね(』小社刊

『クロワッサン』923号(2016年4月25日号)より

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#ヘルス