からだ

「つくづく美味しい」
スープとお粥の贈り物

お粥は「日本のポタージュ」と位置づける辰巳芳子さん。あの人に贈りたい、まがいものでない、本物の味とは。

誰かを想い贈った品が喜ばれれば、贈り手の喜びもひとしお。

「その方は、口の中を大変な手術をなさってね。噛むことができなかったの。何がいいかと考えて、お粥を差し上げた。そうしたら、と~っても喜ばれてね。あ~、これでいのちがもっています、とおっしゃって」。とうてい病院の食事では、回復できない。点滴で栄養を入れたって、口から食べるものに勝るものはない。辰巳芳子さんは体験から知っている。

「すまし汁に葛くずをひき、とろりとしたもので白粥をくるめば、嚥下が困難でも食べやすい。玄米粥なら栄養価も高い。しかも、ここに書いてあるでしょ、米がうまい! って」

 新潟県朝日村。森の豊かな村の橅林から湧く水で作るから「橅の力」、辰巳さんが名付けた米だ。

「作り手は貝沼純さん。こんな正直なものがあるかと思うほど、よいものです。信頼できる食べ物のむこうには、必ず信頼に足る人物がいる。志があるんですね」

 そのお粥と共に贈る「おなめ」には、やはり正直者の鰹節のでんぶ。

「ふつう瓶の中身が減るにつれ、味が変質するけれど、このでんぶは最後の最後まで味が変わらない。見事においしいんです。なぜかと言えば、三河のみりん、醤油に大久保醸造の紫大尽を使っているから。正直といえば、この梅干を作っている龍神自然食品センターもそうです。作り手の寒川殖夫さん・賀代さん夫妻は、一切の農薬や化学肥料を使わない。まがいものの多い世の中だからこそ、いいもので貢献したいとおっしゃる。ここにも、志がある」

お粥は日本のポタージュ。玄米のお粥は、ビタミン、 ミネラルが豊富。ことのほか、気に入っている。

 

 寒川さんが「間違いない」と言ったら、絶対信頼できる、と辰巳さんは信頼を寄せています。

「とくに日本の梅は、毒消しという独特の力を持ちます。その梅を漬けた赤紫蘇を刻んだゆかりも同じ」

 嘘のない、ごまかしのない味。本物は、つくづくおいしい。

「食事はおいしくなければならない理由があるんです。8年間病床にいた父は、水もお茶も喉を通らない嚥下障害でしたが、スープだけは奇跡的に食べられた。夏はトマトジュースを、冬は青菜で牡蠣のすり流しを。時には上等な牛肉を焼いて醤油で味をつけ、ガーゼにくるみ、噛ませた。父はその都度、ほっと息をつき、微笑んだものです。おいしいとは、まさに、いのちが呼応した瞬間。生きていると実感する瞬間なんです」

 だから辰巳さんは、顔見知りが体調を崩すと、スープを持たせたり、送ったり。それが日常でもある。

「私のスープのレシピはほとんど、10人分を1単位としています。それは、自分や家族以外に、スープを必要とする方に届けてほしいからなのです。スープサービスをしている教え子もいます。スープを習いにきてくださった医師、看護師、栄養士が、病院でスープを提供するようになったという報告もあります」

 教え子の一人でもある石澤潮路さんは、こんな体験を話してくれた。

「がんと脳梗塞で家族のことがわからなくなっていた父は、何を出しても食べられなかったのですが、辰巳先生から教えていただいたポタージュボンファムを出した時、初めてひと口、ふた口、飲んでくれた。ところが、今度は、スプーンを置いてしまったんです」

 すると、目の前にいる石澤さんに向かって「私には、潮路という娘がいます」と話し始めた。

「お願いです。潮路という娘をここに連れてきてください。とてもおいしいので、潮路に食べさせてやりたい」。そう言って、スープはそれ以上、手をつけなかったのだという。

「当時、私は介護に疲れ、疲れきって眠り、朝がくるから仕方なく起きて介護に向かうという日々でした。この出来事で、思い出したんですね。ずっと私は父の膝の中で育てられてきたんだ、そして今もその中で守られているんだと。この上なくやさしく、謙虚になれた瞬間でした」

 今、教え子は600人を超え、志を絶やさないよう、6年前、同窓会「カイロス会」も立ち上げました。

「この会は、目的も目標も方法も『やさしさ』にしました。スープに限らず、あらゆる料理の根源にやさしさがある。まずは、ものに従う。それから方法に従う。最大は、食べる人に心を添える。すべての基本は『無私の心』だと思います。スープを通してやさしい人になってください。やさしさとは何か、考えてください」

 発足時の辰巳さんの、この挨拶は、人を想うことの心髄そのものです。

干し椎茸のスープ、玄米のスープ、野菜コンソメなど、透明なスープが発送に適 している。ポタージュの類は足が早いからだ。瓶や蓋は必ず煮沸し、冷ましたス ープを入れること。フリーザーバッグで冷凍して送ることもできる。

お粥の缶詰。3年は非常食として保存が可能。1軒の家で、1週間分ストックした い。日本茶(下写真)も、本当に無農薬のものは少ない。貝沼農場のおかゆ・白米、貝沼農場のおかゆ・玄米 各430g 530円(すべて茂仁香)

 

◎辰巳芳子さん 料理家/「良い食材を伝える会」会長。「大豆100粒運動を支える会」会長。母で料理家の辰巳浜子の薫陶を受け、45歳で料理家として立つ。海外の手法でレシピを洗い直し、「蒸らし炒め」の手法を広め、「展開料理」など独自の料理理論を構築した。食材については、著書『この国の食を守りたいーその一端として』に詳しい。
『クロワッサン』913号(2015年11月25日号)より

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