発酵料理研究家・清水紫織さんの着物の時間──着物も、発酵料理も、日本ならではのすぐれた伝統文化
撮影・青木和義 ヘア&メイク・高松由佳 着付け・奥泉智恵 文・西端真矢
名前の一字でもある紫は一番好きな色。着物でもよく着ています
趣味ではなく、仕事の日の装いとして、自身の事業の本質を伝えるツールとして、着物をまとう。発酵料理研究家の清水紫織さんは、そんなふうに戦略的に着物と向き合っている。
キャリアのスタートは外食産業。激務が続き、もともと持っていたアレルギーが悪化したことをきっかけに、発酵料理の研究を始めた。数年後、東京で料理教室『神楽坂発酵美人堂』を開業。コンセプトを練る中で“着物で生徒さんの前に立つ”と決めたという。
「発酵料理は日本人が長く育んできた素晴らしい食文化の一つ。体を整えるのはもちろん、発酵の仕組みがとても面白いんです。講師の私が着物で調理することでそんな“発酵”と“日本”とを、一目でわかる明確なイメージで結びつけていただけるのではと考えました」
そもそも清水さんは着物に親しんで育った。父は丹後ちりめんの織元に生まれ、京都の着物店に勤務後、独立。母も着物愛が高じて長く着物店に勤務していた。
「京都の実家には紬から礼装まで一通りの着物が揃っていて、しかも将来私が着られるようにと、母は少し長めの寸法で仕立ててくれていました。それなのに私は、どうも着物はおばあちゃんが着るものというイメージがあって、長く興味が持てなくて。それが30代に入り、ちょうど発酵料理に目覚めたころにおしゃれなものだと気づいたのは、不思議なくらいタイミングが一致したと思います」
こうして始まった清水さんの“料理家としての着物”にはいくつかのルールがある。第一は、調理の際に割烹着を着ないこと。
「どうしても昔ながらのお母さんのイメージが強すぎるように感じて、割烹着にときめかないんです。モダンなデザインが出たら着たいのですが。代わりに、袖はたすきで上げ、シンプルな木綿のエプロンを愛用しています。着物用に作られたもので、帯をすっぽり覆ってくれるのがとても重宝です」
着物は、袷(あわせ)の時季には東レ「シルック®」を愛用。ポリエステル素材の着物だ。
「デザインも色合いも今の感覚のものが多く、30枚ほど持っています。夏は浴衣。木綿着物は年間を通して着ています。どれもネットに入れて洗濯機で洗えるので、調理につきものの汁の跳ねも気にせず着ることができます」
一方、トークショーへの登壇やレセプション出席などの機会には正絹の着物を選ぶ。自分で誂えたものは一枚もなく、すべて京都の母の着物だ。出席が決まると電話で相談して送ってもらうが、そのよそゆきの着物にも清水さん独自のルールがある。
「洋服の方々の中に入ったときに、圧力が強すぎないこと。そんな視点でコーディネイトを組み立てています。小ぶりの模様、そして、着物と帯をさらりとワントーンでまとめるように。トークショーなどで地方へ行くときには、なるべくその土地で織られた紬や帯を身につけることも心掛けています」
今日の一揃いもそんなさらりと控えめなコーディネイト。淡紫色のぼかしの訪問着は、京都の型友禅の名工・小糸敏夫氏が結城紬を染めたもの。遠目には無地に見えて、近寄って見ると雲取りの中にさまざまな江戸小紋柄が染められている。牛首紬の袋帯は白地をベースにほのかに淡く珊瑚色の場が織り込まれ、やはり控えめなたたずまいだ。
「発酵食品は世界中にありますが、醤油、みりん、味噌、酢、と、基本の調味料すべてが発酵食品というのは日本ならでは。ユニークなこの食文化を、やはり日本オンリーの着物をまといながら伝え続けていきたいですね」
『クロワッサン』1155号より
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