声優・水田わさびさんの着物の時間──祖母ゆずりの着物愛で、自由な着こなしを楽しんでいます
撮影・小笠原真紀 ヘア&メイク・桂木紗都美 着付け・奥泉智恵 文・西端真矢 撮影協力・荏原 畠山美術館
日本の、いや、世界中の子どもたちの頼れる友だち、ドラえもん。水田わさびさんはそのドラえもんの声を2005年から務める。大の着物好きでも知られ、記者会見やイベントにたびたび着物で登壇。食事会や美術館めぐり、そして、野球観戦にだって着物で出かけてしまう。その原点には、和裁の仕事をしていた祖母の思い出があるという。
「私の実家は三重県伊賀の山村で、祖母は集落の着物の仕立てを一手に引き受けていました。夜、目を覚ますと、枕元でまだ着物を縫っていて、かすかな運針の音や釜の中でコテがパチパチ鳴る音を聞きながら、まただんだん眠くなって……なつかしくて涙があふれてしまう大切な思い出です」
七五三の振袖、ウールのふだん着、成人式の振袖、浴衣……少女時代の水田さんの着物はすべて祖母が縫ってくれた。
「ちょっと面白いのは、普通の着物に見えて、実は胴裏がカラフルなんです。仕立てで出た端切れを捨ててしまったらもったいないとみんな取っておいて、パッチワークのように縫い合わせて胴裏にしていました」
こうして着物を身近に感じて育った水田さんは、高校卒業後に上京。時代劇を中心に活動する「劇団すごろく」に入団した。本番の衣裳はもちろん、稽古も浴衣で行うため着物を着る機会は多く、ただ、それはあくまで仕事着。やがて声優業にも進出して多忙な日々を送る中、着物を楽しむ余裕はなかった。それが、一転、頻繁に着るようになったのは、やはり祖母がきっかけだったという。
「23年前、祖母が亡くなって、箪笥にぎっしり詰まった遺品の着物を改めて一枚一枚見たんです。何てかわいいんだろうとしみじみ思いました。そして、着たい! という気持ちが湧いてきて」
改めて着付けの個人レッスンに通い、今では多い時には週1、2回は着物で過ごす。その着こなしは“モダン着物”と呼ばれるポップなスタイルだ。
「大好きな着物ショップが2店あって、一つは東京のリサイクル着物店『キモノ葉月 大塚』さん。もう一店は京都の『サロンドハピネス』さん。どちらも私が大好きな昭和レトロの雰囲気の着物が揃うお店です。今日の帯はハピネスさんで最初に買った一本。みなさん、かわいい! と目を留めてくださる動物たちの模様は、子どもの頃使っていた文房具にこんなイラストがありましたよね。着物もハピネスさんの単衣で、実は、ずっと、洋服の中に一人だけ着物でいると、どうしても浮きがちになることが気になっていたのですが、このタータンチェックなら違和感がないんです。帯をあれこれ替えて楽しんでいます」
足袋は、江戸時代以来の足袋の産地・埼玉県行田市『千代の松』のポップな新ライン。『豆千代モダン』の鮮やかな赤の草履が、帯揚げ、帯締めとリンクして差し色に効いている。隅々までモダンとポップの美意識が行きわたったコーディネートだ。
「でもね、まったく違うスタイルの日もあるんです。たとえばホテルで開かれる業界のパーティや娘の学校の卒業式のような場には、祖母から受け継いだ古典模様の訪問着に袋帯で出席しています。ただ、帯揚げの色を少しポップにしてみたり、祖母が大切に着ていた大島紬にモダン帯を合わせる日も。私らしく楽しんで着ています」
着物を着ると元気になる、と微笑む水田さん。きっと水田さんにとってぎっしり詰まった着物箪笥がドラちゃんのポケットなのだ。
『クロワッサン』1151号より
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