「仕方なく食べる日」をなるべく少なくする、大好きなものは年2回まで。料理研究家・瀬尾幸子【白央篤司が聞く「50歳からの食べ方のシフトチェンジ」vol.2】
取材/撮影/文・白央篤司 編集・アライユキコ
手をかけない食事もアリ
年齢と共に変わるもの、変えていくものも、人それぞれ。「食べること、作ること」の場合はどうだろうか。中高年の食のシフトチェンジをテーマとする本企画、第2回目は料理研究家の瀬尾幸子さんに話をうかがった。『60代、ひとり暮らし。瀬尾幸子さんのがんばらない食べ方』(世界文化社)(詳細はこちら)を著したばかり、今年65歳になる彼女は、今の自分にどう寄り添って食生活を営んでいるのだろうか。
──食生活も年代と共に変化がいろいろあるものですが、瀬尾さんの場合はどうだったのでしょう。
料理を仕事にするぐらいだから、やっぱりおいしいものを食べたい気持ちは、並より上だと思うんです(笑)。ただ、その気持ちも年代によって変わってきました。20代は興味いっぱい。有名レストランにも行ってみたいし、知らない食べものがあれば食べてみたい。実際そうしていました。30~40代にかけては自分の好みがはっきり分かってくる頃。あれこれ食べ歩きもしながら、自分のごはんにも手をかけていましたね。そうもいかなくなってくるのが50代、衰えを感じました。
──衰えとは具体的に、どういう点にでしょうか。
食べること、作ることのモチベーションが保てなくなるの! 昔は365日違うものを作っていたし、1時間以上かけて1食作るのも当たり前で。仕事で何十品と作った後も自分のために、また違うものを作るのが普通だった。でもね、体力的につらくなってきて、量も食べられなくなって。手をかけない食事もアリとなったのが50代でしたね。
──それは同時に、瀬尾さん流の手をかけず、体力的にも負担とならない作り方、食べ方が50代から編み出されていった、とも言えるのではありませんか。
40年ほどこの仕事をやってきて、最後に残ったものはシンプルでした。新鮮な野菜ならサッとゆでただけでいい。上等なお肉なら素焼きにして塩こしょうでいい。
──肴はあぶったイカでいい、みたいな感じですね(笑)。
あはは。昔はお肉食べたいなと思ったら、焼肉に行ってしっかり食べていたけど、今は3枚ぐらいでいい(笑)。あ、焼肉といえば昔はレバ刺しを塩とごま油で食べていたでしょう。本に登場する「イカの塩ごま油和え」はそこから思いついたの。鮮度のいいイカはわさび醤油もいいけれど、都会のスーパーで安く買えるようなイカ刺しだったら、塩とごま油で食べるのもいいじゃない、って。
買いものは徒歩15分圏内
──本書はページをめくるたび、「こんなのでもいいじゃない?」と語りかけられてくるようで、気がラクになります。ただ「がんばらない」けれど、料理からは「遠ざからない」というスタンスが一貫している。ごく簡単なアイディアもあれば、ミキサーを使う日もあり、イワシを手開きする日もあり。
イワシの手開きなんて5匹買ってきて5匹やってみれば、誰でも絶対できるようになりますから。ぐちゃぐちゃになったら“なめろう”にすればいいんだし。あのね、「ちゃんとしなくちゃいけない」とみんな思い過ぎなんだね。ちゃんとするのも大事だけど、するべきところと、しなくてもいいところがある。そこを自分の中で分けるのがポイントじゃないのかな。
──瀬尾さんの場合、そこのポイントはどういう点ですか。
いろいろあるけど、「仕方なく食べる日」をなるべく少なくする、こともそうかなあ。「うちの近所ではこんなものしか買えないから、しょうがない」って気持ちで料理したり、食べたりしてるとつらいでしょう。しょうがないようなものでも、いかに「ちょっとおいしく、楽しく」食べるかに変えたいのね。
──ああ、そういうことが瀬尾さんの「ちゃんとする」なのですね。
ちゃんと作りもするけど、おいしいものを求めて遠くまでは行かない。買いもの、私の場合は徒歩15分圏内って決めています。自分の生活範囲で調達できるものでなければ、自炊は続かないから。
「芯」とか「骨」の部分だけ作っておく
──60代向けのレシピ本を作るにあたって、同年代の食生活をリサーチするようなことはされたのですか。
ちょっと言いにくいけど、スーパーで買いもの中に同年代らしき方たちのカゴの中を観察しましたね。やっぱりおそうざいやお刺身を買われる方が多い。ひとり分、ふたり分を作る難しさを感じてるんだなって。私たちって、買ってきたものを食べるのにちょっと罪悪感を覚えちゃう世代でもあるじゃない? そこで何か簡単なひと手間でも、買ってきたものに加えると「ちょっとは私、体に気をつかってるな」と思えて、気持ちも晴れると思うのよ。
──瀬尾さんの以前の本(『賢い冷蔵庫』NHK出版)(詳細はこちら)に登場した、「玉ねぎだけのタルタル」なんてまさにそんな存在ですね。玉ねぎを刻んでマヨで和える、シンプルなタルタル。買ってきた揚げものに添えるだけでも、「なんか私、食に気をつかってる」という気持ちになれる。
あれもいいでしょ? なんでもさ、「芯」とか「骨」の部分だけ作っておけばいいと思うのよ。タルタルソースもあれこれ揃えて作ると大変。玉ねぎだけで作っても充分おいしくてラク! やりたいとき、やれるときに、他の材料を刻んで後から加えたっていいんだから。
──料理への気軽なアプローチを紹介するのと同時に、栄養への意識もうかがえます。レシピの脇に「たんぱく質をちょっと入れたいの」なんてささやきが添えられている。
60歳過ぎると筋肉どんどん落ちちゃいますからね。たんぱく質を入れればうま味も加わるし。だけど重い味はつらくもなってくる。ささみやしらすに桜えび、そして厚揚げや豆腐の大豆食品がありがたい。
──食欲をキープする上では運動も大事かと思いますが、瀬尾さんはそのあたり、どうされていますか?
聞かないで。言えません、週5回ダンスに通っているなんて。ジムでエアロビクスをふと始めてみたら楽しくて、私こんなに踊りが好きなんだったらレッスンに通ってみようかと思って、よく分からず始めてみたの。そこからどんどんハマって、今ではアフロポップスで踊ってます。50歳過ぎたら積極的に動いていかないとね、骨も強くしたいし。
──す、素晴らしいです! 瀬尾さんといえばお酒好きで知られますが、汗をかいた後の晩酌は……
もう大変おいしい。でもやっぱりね、量は減りましたよ。今は1日2合までって決めてるの。でもそれより多くなる日もあるし、1合でやめる日もあるし。季節感のあるものをつまみにして、楽しんでいます。
もう1回食べたいな、と思うぐらいで
──季節感といえば、本書の中に旬の好物として豆ごはんが紹介されていますが、「大好きなものは年2回までと決めている」、とも添えられていました。これはなぜですか。
飽きたくないから。もう1回食べたいな、と思うぐらいで止めておく。来年、またものすごく楽しみに食べたいの。私、今65歳だからあと15年経つと80歳じゃない。ということは季節それぞれを体験できるの、80歳まであと15回なんだよね。そう思うと、1回1回を大事にしないとって思うわけ。
「知らないもの、作ってみたいもの、食べたいもの、まだまだあるの。だけど食事の回数は限られているからね」と瀬尾さんは結んだ。食事の回数が有限であることを、人間は忘れがちなもの。一食をおろそかにしないという気持ちは緊張感にもつながるだろう。それは体と心にとって、心地よい刺激に違いない。
取材を終えた帰り道、「ちゃんとしたいこと、そうでなくてもいいこと」を
しっかり分けて考える、という言葉が思い出されてならなかった。私は今年で49歳。次の年代に入る前に、食生活における「これだけは譲れない」ということは何か、絞りぬいて考えてみようと思った。
第3回は近日公開予定、60代後半とその先の食生活を考えます。