「好きなことを続ければ暮らしも潤う」。88歳の童話作家・角野栄子さんのきれいを保つ美意識。
撮影・三東サイ 文・辻さゆり
「服も暮らしも自分のスタイルを 持っていると楽しいのよ。」
『魔女の宅急便』や「おばけのアッチ」シリーズなど、数々の名作を書いてきた角野栄子さんは、カラフルな色づかいのファッションでも有名だ。どんなふうに日々のコーディネートを決めているのかと思いきや、実はすべて、娘のりおさんが選んでいるのだそうだ。
「80歳を過ぎた頃から、洋服を選ぶのが面倒くさくなったの。自分ではちゃんと選んだつもりが、一歩家の外に出ると靴下が合わないと気づいて戻ったり。そんなことが続いて、美術科出身の娘に丸投げすることにしました。スケジュールに合わせ、洋服はもちろん、靴下からアクセサリー、ハンドバッグまで全部揃えてくれるから、私は抵抗せずに着ていくことにしています」
そのスタイリングについては、りおさんの著書『魔法のクローゼット』(角川書店)に詳しい。とはいえ、りおさんのコーディネートは、角野さんのこだわりを反映したものだ。たとえばワンピースは、すべて同じ形で、りおさんの友人に作ってもらっている。
「どうしてかというと、既製品は安いものから高いものまで、おしなべてアームホールが狭い。ここがきついと、すごく太って見えてしまうの。かといってアームホールに合わせたサイズにすると、こんどはお腹回りがダブダブ。だから作ってもらうことにしました。
家の近くにある生地屋さんに行って気に入ったものがあったら、まず写真を撮って娘に送る。彼女が賛成してくれればそれを買って、作ってくれる方に送ります。同じ形といっても素材や柄、色でずいぶん違って見えるのよ。
私は夏でも必ずソックスをはくから、ワンピースだと靴下でおしゃれができるのもいい。靴下はいろんな色を持っていて、時には片方はオレンジで、もう片方はブルーをはくこともあります」
好きなことを続ければその後の暮らしも潤う。
ピンクや赤などの鮮やかな色は、角野さんの白い肌にもよく映る。その肌は88歳とは思えないほど滑らかだ。
「40歳くらいまではアロエクリームしか使ったことがなかった。ファンデーションをつけ始めたのは50歳くらいから。といっても薄くね。シワの中に入っちゃうじゃない(笑)」
角野さんが「一番お金をかけている」と話すのが眼鏡だ。その数、約30本! カラフルな服に合わせられるよう、さまざまな色が揃っている。「長い間、普通の眼鏡を1、2本しか持っていなかった」と言う角野さん。少し変わった眼鏡をかけてみたいと思うようになったのもまた50歳を過ぎてからだ。
「眼鏡って七難を隠すのよ。初めての人に会うと、まず眼鏡に目がいくでしょう? そうすると眼鏡の下にあるシワはもう目に入らない。カモフラージュよね。これはいいなと思って」
若い頃はブラジルに滞在したことがあり、海外を旅することも多い。日本人離れしたファッション感覚は、そんな体験も影響しているのだろうか。
「そうかもしれません。外国の友だちは、たとえば食器を全部緑色に揃えるなど、自分のスタイルを持っている人が多い。それを見て、私も自分のスタイルを持ちたいと思うようになった。娘が生まれた時も、彼女の色のテーマは薄いブルーにしようと決めて、毛布からお人形までブルーで揃えました」
今年の11月には江戸川区に角野さんの世界観を発信する文学館がオープンする。「楽しみだけど大変」と笑うが、その表情や姿からは、老いの影はまったく感じられない。むしろ、若い頃よりも生き生きとして見えるくらいだ。その源はどこにあるのだろうか。
「私の場合は書くことね。35歳で一作目を書いたけれど、次の本が出たのは7年後。その間、あきらめないで好きだった書くことを続けてきた。好きなことを少しずつでもやっていけば、その後の暮らしに潤いを与えてくれる。手を使ったり、体を使ったりすることって、人に安心感を与えてくれるのよ」
『クロワッサン』1088号より