現在の腰痛治療早わかり!早期発見が手術回避の近道
文・山下孝子 イラスト・松元まり子
痛みがいつまでも残るかが病院を受診する目安
急な運動や悪い姿勢などで腰回りの筋肉が疲労して起きる腰痛は、適度な運動などによって改善が可能なため、病院で診察を受ける必要はありません。
激しい腰の痛みに襲われるぎっくり腰の場合も、骨や神経に異常がないことがほとんどで、「急性期」と呼ばれる最初の2~3日に安静にして痛みがやわらぐようでしたら、あわてて診察を受ける必要はありません。我慢すれば動けるぐらいの痛みになったら、積極的に体を動かすことで、回復も早まるはずです。
しかし、急性期が経過しても痛みがやわらがない、むしろ痛みが強くなっていく場合は、脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)など骨や神経の病気が疑われます。特に、歩いていると足にしびれや痛みが生じてしばらく歩けなくなる、尿が出づらい、などの神経が関係する症状を伴う場合は危険信号! 早急に病院で診察と検査を受けましょう。
また、転倒などで背中や腰をぶつけた後に急に痛み出した場合は、骨粗しょう症による骨折の可能性が、腹痛や発熱を伴ったり、安静にしていても痛んだりする場合は内臓の病気の可能性があります。
症状が腰痛だけであれば、受診する病院は骨、関節、骨や関節に付随する筋肉、神経、靭帯(じんたい)などに関する病気やけがを受け持つ整形外科になります。
整形外科で診察や検査を受けた結果、他の診療科で治療が必要な病気が原因だと判明すれば、その診療科と連携した治療が行われますので、遠くの総合病院よりも、まずは自宅から近い診療所や専門病院を受診するとよいでしょう。
【腰痛での診察・検査から診断までの流れ】
【診察】
問診・視診・触診
↓
【検査】
・レントゲンでの骨の画像検査
・血液検査、尿検査(※必要に応じて)
↓
【さらに詳細な検査が必要な場合】
内臓の病気の疑いがある場合は、超音波(エコー)検査、腫瘍マーカー、病理検査なども加わる。
●骨粗しょう症が疑われる場合は骨量検査も実施
・超音波法
骨量の変化が最初に現れるかかとの骨に超音波をあて、超音波が伝達する速度などから骨量を測定する方法。痛みはなく、測定時間も1~2分と短く、さらに検査装置を設置している整形外科や婦人科も多いため、最近増加している骨量検査。ただし、他の部位の正確な骨量は測定できない。
・MD(エムディー)法
両手のレントゲンを厚さの異なるアルミニウム板と一緒に撮影し、骨とアルミニウムの濃度を比較することで、手の骨の骨量を測定する方法。装置を設置している整形外科は多いが、脊椎などの他の部分の正確な骨量は測定できない。CXD法、DIP法とも呼ばれる。
・DXA(デキサ)法
2種類のX線を骨にあて、その透過率を利用して骨量を測定する方法。腰や足の付け根部分の骨を測定することが多いが、全身の骨を測定可能で、しかも正確な数値がわかる。ただし、整形外科でもこの検査装置を設置している病院の数が限られているというデメリットがある。
●外来で行う検査
・MRI検査
トンネル状の装置の中で仰向けになり、強力な磁気を使って体の内部を画像化する検査。レントゲンではわからない椎間板、神経、靭帯、炎症や腫瘍を確認することができる。ただし、撮影に時間がかかる。
・CT検査
装置が回転しながら撮影したレントゲン画像をコンピューターで処理する検査。体を輪切りにした画像が完成するため、通常のレントゲンでは撮影できない、脊柱管や骨の中の状態も見ることができる。
・骨シンチグラフィー
放射線を発する物質を使った薬剤を注入し、臓器から出てくる放射線を撮影する検査。骨にできた腫瘍や感染症による骨の炎症の状態を確認することができる。なお、注入した薬剤の放射線は数日後に排泄される。
●入院で行う検査
・ミエログラフィー
椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症の手術の前に行われることが多い検査で、神経を覆っている硬膜の中にある脊髄液に造影剤を注入して、レントゲンを撮影する。その内容から、「脊髄造影」とも呼ばれる。
・ディスコグラフィー
椎間板に造影剤を注入して、CT検査の装置でレントゲン画像を撮影する検査。椎間板の変性の度合いや、椎間板ヘルニアの部位を特定するために行われる。その内容から、「椎間板造影」とも呼ばれる。
・神経根造影法
腰椎から枝分かれしている神経根に造影剤を注入し、レントゲン画像を撮影して神経根の状態を調べる検査。これまでの検査で痛みの原因や部位を特定できなかったときに行われることが多い。
自分の状態をよく整理して診察時に医師に説明しよう
腰痛で整形外科を受診する際は、その痛みがいつ始まったか、どれぐらいの痛みか、思い当たる原因があるかなど、自分の状態を事前にメモなどにまとめ、問診票の記入や医師の質問に答える「問診」の準備をしておきましょう。
なお、医師は患者が診察室に入った時点で、歩き方や立ち方、体型や筋肉のつき方、おじぎの仕方や椅子への座り方、さらに顔色などをチェックする「視診」を行っているため、自然体で診察を受けることも大切になります。
問診の次は患者の体に触れて筋肉や関節の状態、痛みの出方を確認する「触診」が行われ、膝関節の付近を小さなハンマーで叩いて神経の反射状態を確認したり、足の甲の脈に触れて血液循環が正常かどうかを確認したりします。
さらに、レントゲンで骨の状態を調べたり、腰痛を引き起こす内臓疾患の有無を確認する血液検査や尿検査を行ったりすることで、だいたいの診断をつけます。
【主な保存的療法】
●運動療法
理学療法の一種で、専門家の指導にもとづいて、体を動かすことで身体機能を回復させる療法。腰痛の場合は、筋肉量を増やす体操などを教わる。
●物理療法
患部を温めることで血行を改善する温熱療法、筋肉の深層にマッサージ効果を与える牽引療法、体に電気刺激を与えることで痛みを緩和する電気療法、さらに腰部を固定することで腰への負担を軽減するコルセットの装着など、患者の症状に応じてさまざまな療法を実施する。
●生活指導
日常生活で腰痛を引き起こすリスクのある姿勢・動作の改善の指導や、肥満や骨粗しょう症を予防・改善するために栄養バランスのとれた食事の指導を行う。
●薬物療法
血行の改善、筋肉の緊張をゆるめるなど、痛みやしびれを緩和するための薬や、骨粗しょう症を治療する薬など、症状に合わせた薬が処方される。
↓(痛みがやわらがない……)
●ブロック療法
神経痛や関節痛をやわらげるために、局所麻酔剤やステロイド剤などを、患部やその周辺に注入する療法。
①押すと痛みを感じる部分(トリガーポイント)に注射をする「トリガーポイント注射」
②脊髄神経の周辺に注射をすることで末梢神経や交感神経の働きを抑制して痛みをやわらげる「硬膜外ブロック」
③脊髄神経から枝分かれしている神経根に局所麻酔剤を注射することで、神経を通じた痛みの伝達をブロックする「神経根ブロック」
④腰椎近くの交感神経に局所麻酔剤を注射する「腰部交感神経節ブロック」など、症状や患部に応じてさまざまな種類がある。最近は神経痛に効く薬剤も増えており、この療法で痛みがかなり緩和される。
↓(効果がなく日常生活にも支障が出る……)
【外科的療法(手術)を検討】
●腰椎椎間板ヘルニアの場合
・ラブ法
全身麻酔で背中側の皮膚を切開し、靭帯と腰椎の一部を削って、執刀医が患部を目視しながらはみ出した髄核(ヘルニア)を摘出する、一般的な手術法。
・鏡視下髄核摘出手術
全身麻酔で背中側の皮膚を切開し、傷口から内視鏡や手術器具を挿入し、内視鏡が映し出す映像を見ながらヘルニアを摘出する手術法。ラブ法よりも傷口が小さいため、体への負担が小さい。さらに進化し、局所麻酔でより傷口が小さい「全内視鏡下椎間板摘出手術」もあるが、執刀が可能な医師がまだ少ない。
●脊柱管狭窄症、腰椎すべり症の場合
・椎弓切除手術
脊柱管が狭くなりすぎて神経の圧迫がひどい場合に、背中の皮膚を切開し、背骨の背側にある患部の椎弓や靭帯の一部を切除する手術。切除によってその部分の神経にかかっていた圧迫がなくなり、痛みがやわらぐ。全身麻酔となるが、内視鏡を使用して傷口が小さいため、体への負担は大きくない。
・脊椎固定術
全身麻酔で背中側の皮膚を切開し、椎体スクリューなどの器具を埋め込むことで、椎骨のずれを正しい位置に固定することで、神経への圧迫をなくす手術。
●背骨の圧迫骨折の場合
・経皮的椎体形成術
圧迫骨折によって潰れた椎体に骨セメントを注入することで、背骨を安定させる手術。椎体内に直接骨セメントを注入する方法と、椎体に小さなバルーンを挿入して少しずつふくらませ、背骨を圧迫骨折する前の形にできるだけ戻してから、バルーンを抜いた後の空間に骨セメントを注入する方法がある。
腰痛をもたらす病気で手術になるのはごく少数
診断の結果、医学的な治療が必要だと判断されると、ようやく腰痛の治療が開始されます。ただし、腰痛治療は大半が生活指導、理学療法、薬物療法、ブロック療法などを核とした保存的療法です。
ほとんどの腰痛は、保存的療法を続けることで少しずつ治っていきますが、2~3か月が経過しても症状に改善が見られない、または症状が悪化している場合は、最終手段として外科的療法、いわゆる手術によって痛みの原因を取り除くことになります。
なお、腰痛だけでなくトイレを出しづらいなどの排尿・排便障害を伴う場合は、神経の圧迫がひどい状態のため、早急に手術をしなければその症状が後遺症として残るリスクもあるので要注意です。
ただし、腰痛で手術が必要になるのは、少数派の特異的腰痛(骨の病気が原因の腰痛)の中でもごく一部です。そのため、違和感があれば診察を受け、早期発見を心がけましょう。
【腰痛の疑問】
Q1:「腰痛」の範囲はどこまでなの?
人体の構造上、負担がかかりやすい第4腰椎と第5腰椎の部分(下腹部のあたり)が痛むことが多いようですが、腰痛の定義としては、肋骨(ろっこつ)の一番下の骨のあたり(ウエスト部分)から、お尻の下のシワ(太ももとの境目の部分)までの間に生じる痛みのことです。
また、脊柱管狭窄症などで神経が圧迫されている場合は、お尻よりも下にある足のほうまで痛むこともあります。
Q2:しびれと麻痺の違いは何なの?
しびれは体の感覚を司る知覚神経に障害が出ている症状のことです。そのため、しびれと聞いて思い浮かべる「ビリビリする」だけではなく、「触っているのに感覚が鈍い」「温度や痛みを感じづらい」なども、しびれに当てはまります。
一方、麻痺は体の動きを司る運動神経に障害が出ている症状のことです。そのため、手や足など体の一部が動かせない、動かしづらいという状態が麻痺に当てはまります。
Q3:コルセットをずっと着けていても大丈夫?
腰部を固定するために使われる医療用のコルセットですが、軟らかい素材のものと硬い素材のものが使われていますが、どちらのタイプも、長期間使用し続ければ腰椎周辺の筋肉が衰えてしまいます。
そうなると、ますます腰痛が悪化してしまうため、腰の痛みが改善したら、できるだけ早くコルセットを外して、運動で背骨を支える筋肉を鍛えることが必要になります。
Q4:どんな状態を肥満というの?
一般的に、体格指数(BMI)が25以上で肥満、18未満で低体重とされます。BMIは体重÷(身長×身長)で求められ、例えば、体重60キロ・身長170センチの場合、60÷(1.7×1.7)=20.76となり、普通体重となります。
ただし、同じBMIでも内臓脂肪の量が多い方が糖尿病や高血圧などの病気へのリスクが高くなります。内臓脂肪は特にお腹回りにつくため、女性は腹囲90センチ以上、男性は85センチ以上あると、内臓脂肪型肥満の可能性が高くなります。
Q5:「体幹」や「運動器」とは具体的に何?
体操やストレッチの本に「体幹を鍛える」というフレーズがよく登場しますが、体幹とは簡単に言うと胴体部分の骨格やそれに付随している筋肉のことです。つまり「体幹を鍛える」は、正しい姿勢を保つのに必要な筋肉を鍛えることになります。
また「運動器」とは、骨、筋肉・腱、関節、神経、脊髄など身体運動に関わる組織や器官の総称です。これらの機能が怪我や病気、また加齢によって低下し、体を動かしづらくなることを「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」と呼んでいます。
『Dr.クロワッサン 脊柱管狭窄症、骨粗しょう症、ぎっくり腰もスッキリ! 腰痛の新常識』(2020年8月27日発行)より。