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修復された「最後の晩餐」と
レオナルド・ダ・ヴィンチ展。

文/写真・西島奈央(クロワッサン倶楽部読者モデル)

20代の頃、画家を志していた友達から「面白いから読んでみて」と勧められられたのが『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』(岩波文庫、上、下巻)でした。レオナルド・ダ・ヴィンチはご存知、ルネサンス期のイタリアに生きた万能の天才です。彼の現存する約5000枚余りの手稿を編纂したのがこの本でした。

その冒頭を乱暴に要約すると「先人たちが有益なこと殆どすべてをやってしまったので、私にはあまり値打ちのないものしか残されていない」と始まるのです。いきなりこれ?あのダ・ヴィンチが、先に生まれた人達がすべてやりきってしまって、もう自分がやれることは殆どないと思っていたとは?私なんて生きていく意味ないんじゃないか、と当時は思ったものでした。あの数々の偉業は絶望から生まれたのでしょうか?

この本、旧仮名遣いで読みづらいところもあるのですが、手稿を編纂したものなので格言集のような側面もあり、今読んでも面白いです。「幸福(チャンス)の女神に後ろ髪はない」ってダ・ヴィンチの言葉なんです。半世紀生きた今、シミジミ感じ入ります。確かにそうだった。でも、チャンスの女神は1人じゃないってこともわかってきましたけどね。

サンタ・マリア・デッレ・グラーチェ教会。

サンタ・マリア・デッレ・グラーチェ教会。

さて、そんなダ・ヴィンチの円熟期の傑作「最後の晩餐」を見てきました。

ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラーチェ教会の食堂にあるこの壁画は、なんと1977年から1999年まで22年間も修復に要しています。イタリアの人って気が長いですね。

実は、80年代後半に一度見たことがありました。もう修復に入っていましたが、 その頃は作業用の足場が組んであっても見学することができました。工事現場のような館内、人数制限も時間制限もなく、風が吹き抜ける空間にある黒ずんだ壁画。これが「最後の晩餐」…なんだか煤けて真っ黒。画集で見た方がわかりやすいかも、というのが当時の印象。

しかし修復後は厳重でした。見学は完全予約制。室内の温度、湿度をコントロールするためか、1グループ25名、1回15分に制限されています。予約時間の20分前には受付を済ませないとキャンセル扱いになるというので、余裕をもって50分前に到着。まず受付を済ませ、待ち時間の間に向かいのジェラート屋さんで一服。ここのジェラート絶品でした。というかイタリアで食べたジェラートにはずれはありませんでした。正直なところ、ピザやパスタは日本の方が美味しいと思ったお店ありましたけど。

それはさておき、20分前には戻って、予約しておいた音声ガイドを受け取ります。ここでパスポートを預かると言われたので、一瞬やめようかと思いましたが、すでに日本で支払済だったので渋々交換。
待合室で数分待ち、次の部屋へ移動。全員移動すると扉が閉められ、またそこで数分待ちます。これが3室あり、なんだかホーンテッド・マンションのようでした。

前室の風景。ボーダーシャツのお兄さんが次のガラスの扉を開けてくれます。ここから先は撮影禁止。

前室の風景。ボーダーシャツのお兄さんが次のガラスの扉を開けてくれます。ここから先は撮影禁止。

待合室から見える大回廊(中庭)。

待合室から見える大回廊(中庭)。


最後の扉が開くと、小学校の体育館のような天井高の明るい部屋が開け、その右手にありました「最後の晩餐」が。

淡いパステル画のような色彩。印刷物で見るよりずっと儚い色合い。

キリストの右隣のヨハネは女性のようです。モナ・リザみたい。肩掛けの色がピンクのせいか、そこだけ一段と淡い光を放っているよう。他の男性使徒達と佇まいがぜんぜん違う。キリストが「この中に裏切り者がいる」と言った次の瞬間を切り取ったような構図なので、他の使徒はみんなびっくり仰天しているのに、一人だけ、私はすべてを知っているわ、と目を伏せています。ん〜いろいろ説があるように、やっぱり謎は多いですね。

テーブルの上に目をやると、じゃがいもみたいに見えるのはパン、コップに入っているのはたぶん赤ワイン、お皿に上にはなんと魚。テープルクロスの折り目や模様も緻密に描かれていました。修復後に明らかになったという壁のタペストリーの模様までは遠くて分からなかったけど。

最後の晩餐(修復後) 「Il cenacolo」1495-1498 Leonardo da Vinci (Milano, Chiesa di Santa Maria delle Grazie) 出典 : Wikimedia Commons

最後の晩餐(修復後)
「Il cenacolo」1495-1498 Leonardo da Vinci (Milano, Chiesa di Santa Maria delle Grazie)
出典 : Wikimedia Commons

最後の晩餐(修復前) 「Il cenacolo」1495-1498 Leonardo da Vinci (Milano, Chiesa di Santa Maria delle Grazie) 出典 : Wikimedia Commons

最後の晩餐(修復前)
「Il cenacolo」1495-1498 Leonardo da Vinci (Milano, Chiesa di Santa Maria delle Grazie)
出典 : Wikimedia Commons

それにしても、テンペラでなくフレスコで描いてくれていたらもう少し状態はよかったでしょうに。それは残念ではありますが、幾度も戦火を乗り越えてこうして存在してくれている事は奇跡なので、それには感謝です。

でも今回一番驚いたのが、「最後の晩餐」の向かい側にある、ジョヴァンニ・ドナト・モントルファーノの「キリストの磔刑」。「最後の晩餐」と同じ空間にあるがためか、素晴らしい作品なのにあまり評価されていませんが。この絵の端に、ダ・ヴィンチが書き加えた部分があるというのです。音声ガイドに従ってよく見ると、確かにモントルファーノのフレスコ画の上にテンペラで描いたらしく、痛みの激しい亡霊のような少女が一人。これは確かにダヴィンチの筆!左右の端に描かれたようですが、向かって左端の女性は剥離していて殆ど残っていません。
どうして他人の絵の上に描き添えたのか?謎ですね。

キリストの磔刑 「Crucifixion」1495 Giovanni Donato Montorfanをサンタ・マリア・デッレ・グラーチェ教会のサイトで見ることができます。
http://milan.arounder.com/en/churches/santa-maria-delle-grazie-church

15分はあまりに短く、無情のアナウンスで退場です。もう1コマ予約しておけばよかったです。

ダ・ヴィンチの研究が評価されるようになったのは、19世紀産業革命後と言われています。先端すぎて存命中は必ずしも恵まれた環境にはなかったでしょう。それでも自己を信じて真理を追究し続けた天才の一端を感じ、少し胸が熱くなった訪問でした。

「レオナルド・ダ・ヴィンチ展ー天才の挑戦」が江戸東京博物館で1月16日から4月10日まで開催されます。日本初公開の「糸巻きの聖母」と「鳥の飛翔に関する手稿」は必見。

レオナルド・ダ・ヴィンチ展ー天才の挑
http://www.davinci2016.jp

「最後の晩餐」見たいけどミラノまでは行けないわという方、修復前と修復後の作品を比べる事ができる美術館が日本にあります。淡路島にある「大塚国際美術館」では、修復前と修復後の「最後の晩餐」原寸大を同じ部屋に展示してあり見比べる事ができます。陶版に転写したものなので、非常に再現性が高いそうです。

大塚国際美術館
http://o-museum.or.jp

チャンスの女神に後ろ髪はないかもしれないけど、努力して待っていればまた来てくれる。と信じて今日も頑張ろう。

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