『源氏物語』を現代の視点で捉え直す動きが生まれ、国内外でちょっとしたブームになっている。時を超えて人々が魅了される理由を、「大和源氏」とも称される『あさきゆめみし』の著者・大和和紀さんと、謹訳という比類なきスタイルの完訳を成し遂げた林望さんに聞いた。
林望さん(以下、林) 日本文学史1300年の中で、源氏物語を超える作品は出ていません。人間心理のあやのあやまで描かれたリアルな小説が、1000年前からあったなんて、世界的に見ても奇跡ですよ。
大和和紀さん(以下、大和) 私が(円地文子さんの)「円地源氏」を読み始めたのは18歳くらいから22〜23歳くらいまでで、ひととおり読んだのでわかったつもりだったんですね。ところが、のちに『あさきゆめみし』に取り組み始めると、それまで見えていなかった面が見え始めたし、読み返すたび発見があります。私がマンガにしたころは、かなり古めかしい訳があるだけだったのに、この数年は、林先生も手がけられたし、大塚ひかりさん、角田光代さんなど次々に新訳が出てきますね。
林 私が源氏物語に最初に触れたのは大学の授業で、佐藤信彦という、折口信夫の弟子だった国文学者が師でした。当時は退屈でひたすら眠気と闘いながらテキストに逐一メモを書き入れていったんですが、謹訳に取り組むときに読み返してみたら、『佐藤先生はすごいことをおっしゃってたんだ』と驚きました。年齢や経験を経てわかることはいろいろありますが、それこそ古稀直前になってみると、20歳そこそこではわからなかった心情がしみじみわかったりします。たとえば、源氏物語の40帖「御法(みのり)」や41帖「幻」あたりになってくると、光源氏も「自分の命ももういくばくもない」「出家したい」としきりに嘆くようになる。あの心理を、齢を重ねて実感したというか、源氏物語は読めば読むほど深いです。