『祈りのカルテ』著者、知念実希人さんインタビュー。リアルながら、難解でない医療小説に。
撮影・中垣美沙
睡眠薬の過剰摂取で何度も病院に運ばれ、毎月同じ日に退院していく女性や、成功率の高い初期胃がんの内視鏡手術を拒否する老人……。大学附属病院の各科を回る研修医の諏訪野が、様々な問題を抱える患者に出会い、その謎を解き明かしていく。現役医師で小説家の知念実希人さんの最新作は、短編連作の医療ミステリーだ。
「伏線を張り巡らせたりして複雑に構成していく長編と違って、短編のミステリーはワンアイディアの勝負というところがある。ネタは自分の研修医時代の経験を思い出しながら練りました。1話目は睡眠薬を大量摂取した女性の話ですが、救急にいると、こういう患者さんは毎日のように運ばれてくるんです。もちろん、その一人ひとりに事情があるわけで……」
個性的で、ともすれば面倒な患者たちに、諏訪野は心を砕き、寄り添っていく。科ごとに異なる病棟の雰囲気や医師同士の軽妙なやりとり、手術時の緊迫感。映像が浮かぶようにリアルな描写は、やはり現役医師のなせる業だろう。
「現場の空気感を知っているから書けるというのはあると思います。諏訪野のように軽い感じで親しみやすい医師って、実際に若い医師に多いんですよ。喋り方などを観察して取り入れたりもしました」
医師が描く医療小説というと、難解なものを想像して尻込みしてしまう人もいるかもしれないが、心配は無用だ。
「僕の小説は読者が幅広くて、ありがたいことに下は小学校高学年の子たちも読んでくれている。だから、彼らが完全には理解できなくても、なんとかついていけるくらいの塩梅を心がけています」
最終話では、循環器内科で心臓に病を抱える少女に出会い、諏訪野は初めて命に関わる問題に直面する。読者は彼の心の揺れに共感しながら、物語に引き込まれていくことに。医師ではなく、より一般人の感覚に近い研修医を主人公に据えた効果と言えるだろう。
「一人の患者にどのくらい労力をかけるべきか、助からない患者とどう向き合うべきか。研修医は、過酷な現実を目の当たりにして、自分の気持ちに折り合いをつけなければならない場面に何度も遭遇します。読者の方にも、諏訪野と一緒に悩んだり考えたりしてもらえたら。そして、医師目線の病院の実情を知ることで、少しでも医療に対する不安や不信のようなものがなくなればうれしいですね」
重くなりがちな医療を扱いながら、読後感はいたって爽やか。登場人物の魅力も相まって、じんわり温かな気持ちが込み上げてくる。
KADOKAWA 1,300円
『クロワッサン』975号より
広告