【白央篤司が聞く「自分でお茶を淹れて、飲む」vol.17】牛島源希(パティシエ) ひと息ついて落ち着くための一杯――好みのお茶の香りをケーキ作りにも活かして
取材・撮影・文 白央篤司
茗荷谷駅から数分歩き、長い桜並木がつづく播磨坂の途中に、牛島さんのパティスリーはあった。赤いひさしが鮮やかな『L‘essentielle』(レセンシエル)は、開店から12年が経つ。現在は牛島さんひとりで、ケーキと焼き菓子のすべてを製造している。
季節にもよるが、店頭に並ぶケーキは15種ほど。何種類ものクリームや生地、そしてケーキを飾るパーツ作りをおひとりでやられているのか……と、幾層にも分かれる繊細なケーキを前に想像した。まさに、職人技だ。
「店に来るのは朝の9時、まずコーヒーを飲むんです。きょうも一日頑張るぞという意味で飲むのと、お店のカフェスペースでも出しているコーヒーなので、品質チェックの意味もあって。それから仕込みや準備を始めて、一段落ついたところで紅茶を飲むのが習慣なんですよ。僕にとって紅茶は、ひと息ついて落ち着くためのアイテムでもあります」
コーヒーを日常のスターターにし、お昼ぐらいに一度、気持ちを和ませるものとして紅茶を楽しむ。ダージリンやアッサムも好きだが、「香りがめちゃくちゃ華やかでチャーミング、唯一無二の香り」という、マリアージュ・フレールの「マルコポーロ」が牛島さんの定番だ。
フランスの人気紅茶専門店を代表するフレーバーティー、「マルコポーロ」。香りの立ち方のきらびやかなこと、確かに「華やか」という他ない。
ホームページには「アジアの花と果物が、この素晴らしい紅茶にハチミツやヴァニラ、キャラメルを想わせる、なめらかで優しい香りを与える」とある。確かにエキゾチックで、お菓子の国が実存したらこんな香りが漂うのかも……なんて思えてくる。香りはごく甘やかだが、飲むとすっきり消えて口残りしない。
牛島さんはこの紅茶を気に入るあまり、ケーキの香りづけにも使っているそう。原価を考えると採算は合わないだろうが、そこはおいしさ優先なのだ。
牛島さんは小さい頃、フルーチェを作って食べるのにハマった。蒸しパン作りやホットケーキを作って食べるのに楽しさを感じた。誕生日に食べられるケーキの、スペシャルなおいしさが忘れられない。こんな喜びを生み出せるパティシエという職業に、次第に興味を持つようになる。はじめて働いたお店にはティーサロンもあって、本格的な紅茶の香りに接することができた。
「ワクワクしました、いろんな香りがあるものだなって。個性的な香りは最初受け付けなかったんですが、使い方次第でとても面白く、魅力的な紅茶になることもだんだんと分かってきて」
青木定治さんのお店でも経験を積んだ後、ワーキングホリデーを利用して1年ほど渡仏。ニースでめぐりあった食材の複雑で、魅惑的な香りには圧倒された。食感や味はもちろん、香りを活かしたケーキ作りは牛島さんのライフワークになっている。
取材日には、イランイラン、ローズ、バジル、金木犀、山椒、そして先の「マルコポーロ」を香りづけに使ったケーキが並んでいた。
「香りって目に見えないものだけれど、食べると感じられる。いい香りのするケーキで、食べる幸せを感じてもらえたらうれしいですね」と牛島さん。
家ではほうじ茶やそば茶も飲むという。お店の閉店は18時、その後にまたたくさんの仕込みが待っているのだろう……と思いきや、「いえ。基本的にはそこで切り上げ、できるだけ家族との時間を大切にしています」と笑った。
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