美輪明宏「愛の讃歌」──半世紀歌い続けた愛が、最期の言葉と重なる
高橋芳朗の暮らしのプレイリスト。今回は、美輪明宏さんが生涯歌い続けた一曲、エディット・ピアフの「愛の讃歌」です。10歳で原爆を経験した美輪さんはこの歌の核心を、一人ひとりに愛があれば戦争もいじめもなくなる、という願いだと語っていました。
文・高橋芳朗
歌手で俳優の美輪明宏さんが、6月20日に91歳で亡くなりました。長崎に生まれ、16歳でプロの歌手となってから七十数年。シャンソンを中心に歌い、舞台に立ち、筆を執り、語った人でした。その美輪さんが生涯歌い続けた一曲が、エディット・ピアフの「愛の讃歌」です。
日本で「愛の讃歌」といえば、岩谷時子さんの訳詞で越路吹雪さんが歌ったバージョンが広く知られています。ただ美輪さんは、越路版がピアフ本来の詩とは大きく異なるとして、終戦後まもなくから原詩に忠実な日本語詞を自ら手がけました。愛のためなら国も友も捨てる。恋人への一途な思いを、より生々しく切実に歌う歌詞です。
その歌が再発見されたのは2014年でした。連続テレビ小説『花子とアン』の、台詞も効果音もない駆け落ちの場面。そこに美輪さんの「愛の讃歌」がフルコーラスで流れ、大きな反響を呼んだのです。10歳で原爆を経験した美輪さんはこの歌の核心を、一人ひとりに愛があれば戦争もいじめもなくなる、という願いだと語っていました。
そして生前にしたためた直筆のメッセージにも、「愛があれば戦争なんか起こりません」という言葉が遺されています。半世紀抱き続けた願いが、そのまま最期の言葉になりました。舞台の上でも、人生の終わりでも、伝えたいことは何ひとつ変わらなかったのです。美輪さんの人生そのものが、一篇の愛の讃歌でした。
『クロワッサン』1172号より
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