永井紗耶子さんと風情豊かな「お江戸東京文学散歩」
撮影・黒川ひろみ 構成&文・中條裕子
『商う狼 江戸商人 杉本茂十郎』と日本橋
活気ある商人の街、日本橋界隈をふらりと歩く
永井紗耶子さんと待ち合わせたのは、日本橋の橋の上。ここは歌川広重の浮世絵でも知られる、江戸時代に五街道の起点とされた場所。当時より人々や物産が各地から集まり、橋近くの街は経済の中心として大いに賑わった。
そんな日本橋を舞台に永井さんが描いたのは、江戸の金の流れを掌握し、流通改革を成し遂げた商人の物語。世間に“狼”と畏怖された実在の人物だ。
「主な舞台は江戸時代に西河岸町と呼ばれていた、現在の『榮太樓』のあたり。主人公の茂十郎がそこから船に乗って隅田川へ下っていく場面を書いたんです。書いた以上は実際に行ってみなければと思い、一人で船に乗ったらちょうど桜の季節で、川沿いがとてもきれいだったのが印象的でした」
現在も日本橋の橋のたもとには船着場があり、さまざまな船がツアーを実施して周遊コースが楽しめるようになっている。街歩きとはまた違った角度で、川沿いの景色を眺められるのは船ならでは。物流や交通の拠点として、日本橋川や隅田川が利用されていた時代を想像しながら、時を過ごすのも一興だ。
そして、永井さんが実際に小説の舞台とした場所を訪れる際に欠かせないのが、スマホに入れた「大江戸今昔めぐり」というアプリ。江戸末期の復元古地図を現代地図と正確に重ねることができ、23区内であれば江戸時代にそこがどんな場所だったかをすぐに確認することができるというもの。
「これで調べながら歩いていると、当時の川が道路になっていたり、大きなホテルや大学は武家屋敷の跡地だったりするのがわかるんです。こうしてみると、離れているようでいて、江戸と東京は地続きだなと思います。たとえば日本橋であれば、現在もある老舗の名前がそのまま記されています」
実際にアプリを手に場所を確認しながら、リュックとスニーカでとことん歩いてみることも。すると、当時の距離とかかる時間のリアルな感覚や、土地勘のようなものがわかって、小説を書く上で参考になるのだという。
「私はデビュー作で初めて江戸の小説を書いたので、自分の中に江戸をダウンロードするために頑張らないといけないと思っていた時期があって。その時代の小説を読んで歩いて見に行って、を繰り返していました。自分の作品の場所や距離感は歩いてつかむ、という感じでしょうか」
「実際に行ってみると、街並み自体は違っても、街の顔つきは似ている。でも現在は車が通る道がメインでも、実は裏の細道が当時はお店のある通りだったり。道が1本ずれていたりするんです」
観光地として知られている場所も、別の視点を持ってテーマを決めて歩くとまたおもしろい、と永井さん。たとえば日本橋なら、和雑貨を扱う老舗を巡ってみるのもおすすめ。
「江戸団扇や扇子の『伊場仙』、和紙専門店の『榛原』や『小津和紙』といった江戸時代から続く老舗があって楽しめます。このあたりで散策中にひと息つくなら『榮太樓總本鋪』のカフェ『ニホンバシ
イーチャヤ』でしょうか。ソフトクリームののったあんみつパフェがおいしいんです。お土産を買うこともできますよ」
甲斐から出て江戸で名を上げた茂十郎は、永代橋崩落事故で妻子を失ってしまう。その悲嘆を糧に、流通の構造改革などを大胆に行い、江戸繁栄のため立ち上がる。その先に待つものは……。
立ち寄り処
江戸の製法を守り作られ続けている「梅ぼ志飴」は永遠の定番商品。大福などの生菓子のほか、永井さんが「これはおいしい!」という赤飯なども揃う。
東京都中央区日本橋1・2・5
TEL.03・3271・7785
営業時間:10時〜18時
休日:日曜、祝日
削り節、だしパック、つゆの素といった人気の定番や限定品が揃うほか、一汁一飯を提供する「日本橋だし場」も併設。
東京都中央区日本橋室町2・2・1 COREDO室町1・1F
営業時間:11時〜19時(土・日曜、祝日10時30分〜) 無休
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