考察『光る君へ』32話 『源氏物語』を読みふける帝(塩野瑛久)の表情!彰子(見上愛)の手を取り炎から連れ出した先、お互いを想う心が芽生えないはずがない
文・ぬえ イラスト・南天 編集・アライユキコ
大臣の下、大納言の上
寛弘2年(1005年)。一条帝(塩野瑛久)と亡き皇后・定子(高畑充希)の第一子、脩子内親王(ながこないしんのう/井上明香里)の裳着の儀式が執り行われた。女子の成人の儀式というおめでたい場であっても、内裏では権力争いの発現は避けられない。
公卿に復帰していない伊周(三浦翔平)を「大臣の下、大納言の上」に座らせるように帝が命じたことを「一条帝の定子への執着」というナレーションがあった。それはそうなのだろうけれども、脩子内親王にとってはおじさん(母・定子の兄)に当たるわけだし、こういう冠婚葬祭の席次って現代の我々でも決めるのが大変なんですよね……立場が微妙な人のお席決定ってトップダウンスタイルのほうが現場はありがたいんですよねと思いながら観ていた。
伊周が無駄に偉そうにふるまうので、そのありがたさが薄れてしまっているが。
伊周の席次は帝の道長への牽制。こうしたやり方で蘇る円融帝(坂東巳之助)の兼家(段田安則)への牽制……そうだ、一条帝は円融帝の唯一の息子だと血縁関係を思い出す。
『源氏物語』を読んだ帝の反応は?
ギスギスした内裏の様相とは打って変わって平和なまひろ(吉高由里子)の自宅……そして乙丸(矢部太郎)ときぬ(蔵下穂波)の平和な?痴話喧嘩。
「私は、こいつが美しくなって他の男の目に留まるのが怖いのです! こいつは私だけのこいつでなければ嫌なのです」
「だったらそう言いなさいよ、うつけ!」
……何を見せられているのだ、我々は……と思ったら、まひろといと(信川清順)もそんな表情をしていたので吹き出した。しかし、乙丸が幸せそうで嬉しい。
乙丸たちを見ていたいととまひろが宣孝(佐々木蔵之介)との夫婦喧嘩を懐かしく語る姿に、宣孝の死の衝撃は日にち薬で思い出となったのだなと伝わる。
31話(記事はこちら)ラストから一週間気になっていた『源氏物語』を読んだ帝の反応。いとから問われて、そうそう! 私も気になってましたよ!と頷いた。納品後にクライアントからノーリアクションというのは、じんわりとダメージを食らうものだが、まひろはそうではない。
「あれがきっかけで、この頃書きたいものがどんどん湧き上がってくるの」
「今は私のために書いているの」
彼女の筆は止まらない。紙の上には「源氏の君は……」という文面が見える。31話で『源氏物語』が芽吹き、そのままぐんぐんと枝を伸ばし葉を広げているのだ。
実は文才に恵まれていた伊周
土御門殿での道長主催の漢詩の会に、伊周と隆家(竜星涼)も招かれた。そこで披露される伊周作の漢詩「花落春歸路(花落ちて春は路に帰る)」。公任(町田啓太)、斉信(金田哲)、行成(渡辺大知)らは彼の野心を警戒するばかりだったが、漢詩そのものは落花が雲のように道を埋めつくす春の情景とその移ろい、そこから自らの老境へと思いが及ぶさまが趣深く、素晴らしいものだ。
このドラマでの伊周は『栄花物語』にある「心幼き人」という評価に則ってか、いかにも小物っぽい悪役として描かれるが、文才に恵まれた人物だった。『大鏡』は彼を「御ざえ日本には余らせたまへる(漢詩の教養、才能はこの日本の活躍だけではもったいない)」と記す。
俺が惚れたのは、こういう女だったのか
道長は献上した物語の感想を帝に問うが「ああ。忘れておった」というそっけない返事。
落胆する道長から帝の御心に適わなかったと聞いても、そうですかと平常心のまひろ……彼女はもう、書きたいものを書く喜びを手にしているのだから。
「それが、お前がお前であるための道か」
「さようでございます」
まひろはずっと自分の生きる意味、使命を見つけねばと歩んできた。彼女の眼差しはそれを見出した静かな喜びと自信に満ちている。
そのまま文机に向かい書く、この箇所は『源氏物語』「桐壺」の第七段だ。
光源氏12歳、元服し葵上を妻として、左大臣家に婿入りしている。気楽に里住まいもできない……というこの「里」は、妻の家・左大臣家を指す。父・桐壺帝が息子のことを愛しすぎて、しょっちゅう内裏に呼ぶので妻のもとに泊まることもそうそうないという事態。そして光源氏は、父の妻である藤壺への思いを募らせる──。
(俺が惚れたのは、こういう女だったのか……)
これを読んだら、そりゃこういう感想になる。これを帝に献上するしないはともかく、とても大胆。臆せず媚びず、筆と紙を使って邁進する女だ。
「あれは朕へのあてつけか」
中宮・彰子(見上愛)の藤壺ですくすくと育つ敦康親王(池田旭陽)に、道長から投壺セットがプレゼントされた。
彰子「親王様、お礼を」
敦康「(道長に)嬉しく思う」
おお、彰子が育ての親としてふるまっている。敦康親王も、ますます彼女に懐いているようだ。先ほどまひろが書いていた『源氏物語』では藤壺の女御を、帝が寵愛した女性の遺児・光る君が恋い慕う様子が描かれているのだ。ね? 大胆でしょう?
そこに突然の一条帝のお渡り! 帝からついに物語の感想が……!
「あれは朕へのあてつけか」
やっぱりそう思いますよねえ。しかし、もともと書物好きで英明な帝だけに、いらだちを覚えただけでは終わらなかった。
「唐の故事や仏の教え、我が国の歴史をさりげなく取り入れておるところなぞ、書き手の博学ぶりは無双と思えた」
実際『桐壺』は唐の楊貴妃と玄宗皇帝の悲恋を描いた『長恨歌』、宇多天皇(867年~931年)の定めた宮中に立ち入る人間についての取り決め、現世のことは前世からの因縁で現れるという仏教の思想などなどをギュギュッと詰め込み、しかし自然に著している。
『紫式部日記』にも、一条天皇が『源氏物語』を読んで「これを書いた人は日本紀を読んでいるのだろう。まことに才能があるようだね」と仰ったとある。それが紫式部の周りに小さなさざ波を起こしてしまうのだが、そのことについては恐らく33話以降に描かれるだろう。
ドラマでは「続きを読んでみたいものだ。あれで終わりではなかろう」。読者から続編希望の声が寄せられた!
手ごたえを感じ、喜び勇んでまひろのもとを訪れる道長……勢いがつきすぎて、家の主である為時(岸谷五朗)が在宅なのも目に入らずまひろの部屋に上がってしまうくらい。
この場面、彼の来訪に驚いた乙丸が「おかたさま!」ではなく「姫様!」と呼び慣れたほうで叫んでしまっているのが細かい。
「中宮様の女房にならんか」「帝が続きを読みたいと仰せになった!」
まひろが喜ぶかと思ったら、なんだそんなことかという反応に拍子抜けする道長……そりゃそうだ。彼女は現在、物語を書く喜びに浸っているのである。他からの評価は二の次だ。
そしてドラマのまひろだけでなく、『紫式部日記』からは紫式部自身が女房として出仕することを必ずしも名誉と捉えていなかったことが伝わる。
あはれなりし人の語らひしあたりも、われをいかに面なく心浅きものと思ひ落とすらむと推し量るに、それさへいと恥づかしくて、えおとづれやらず。
(趣深いやり取りをしていた友人も、女房となった私をどれほどの恥知らず、浅はかな者だと軽蔑していることかと想像して……友人に対してそう考えてしまうことさえ恥ずかしくて、連絡できない)
女房として働くことを友達にどう思われているのか、もやもやぐるぐると悩んでいる。彼女たちがそういう人間だと考えること自体、友達に申し訳ない!そう思うとますます連絡できない!というの「わかる……」と共感してしまう。
ドラマのまひろも気は進まないらしい。幼い娘・賢子(福元愛悠)がいるから……というのはある。娘も女童(めのわらわ※貴人のそばで雑用をする少女)として召し抱えるという道長からの言葉にチラリと微かな動揺を見せる、まひろ。実の父のすぐ近くで賢子が育つことができる、しかしそれは娘にとってよいことなのか、いやそれ以前に道長は気づいているのか。秘めた悩みは次第に大きくなる。
「公任に聞いたのだ」
倫子(黒木華)「殿がなぜ、まひろさんをご存じなのですか?」
予告では震えあがった嫡妻からのこの問い、当然だが道長も予想し幾度もシミュレーションをしていたらしい。「公任に聞いたのだ」というごく自然を装っての間髪入れず具合に笑ってしまう。そして娘・彰子の藤壺に帝をお招きする作戦だと聞いた倫子が喜ぶのを逃さず、「そうか、倫子がよいならそういたそう」。さらにさりげなさを演出しながら、妻から許可の言質を取っている。ずっっっるいなあ、もう!
(なんとか最初にして最大の難関を超えた……)と小さく安堵の溜息を漏らす道長に、苦笑を抑えきれない。
かたや、まひろと為時も、女房勤めについて話し合った。生活のこと、将来的なこと……為時がいるとはいえ、まひろはシングルマザーである。収入はあったほうがいい。
そして、賢子はどうするか。
為時「内裏は華やかなところであるが恐ろしきところでもある」「幼子が暮らすところではない」
さすが父上、花山帝(本郷奏多)の朝廷でさまざまな経験をしただけある。観ているこちらとしても、女房たちのえげつないひそひそ話、通り道にばら撒かれた鋲、横行する呪詛……あれらを思い出すと為時の言葉に頷いてしまう。
そして、当の賢子は母が内裏勤めをすることに対して、
「母上はわたしが嫌いなの?」
これへのまひろの返事は「大好きよ」
賢子「大好きなのになぜ内裏にゆくの?」
「賢子も一緒に内裏にゆく?」
しっかり答えているように見えて、私よりも内裏勤めを選ぶのか、行かないでくれという娘の願いに、一緒に行くかという問い返しは答えになっていないのではないか。夫のいない身では将来に不安があること、働く必要があることを話さねばならなかったのでは……。
母娘の僅かなズレは、離れて暮らすうちに──いや「母は私を置いて行った」と賢子が思ってしまったこの日から、大きな亀裂となるのではという不安がある。
赤染衛門先生も嬉しそう
まひろ、彰子に13話(記事はこちら)以来2度目のお目通り。そして道長と倫子の夫婦としての姿をしっかり目にするのはドラマ内では初……。
赤染衛門(凰稀かなめ)に内裏の案内を任せて去る左大臣夫婦の後ろ姿を、どう受け止めてよいのかまだわからない、まひろの表情が切ない。
「帝のお目に留まるとは、ご立派になられましたね」
かつての教え子がこうした栄誉を得て、赤染衛門先生も嬉しそうだ。そしてここで語られる、先生のこれまでの境遇と夫婦関係。
赤染衛門の生まれた年ははっきりとはわかっていないが、様々な文献、人間関係から推測して天暦後期~応和年間(956年頃~964年)かとされる。それに沿って考えると、まひろが土御門殿に出入りするようになったのは3話の永観2年(984年)だったから、姫君サロンの場面では赤染衛門先生は20代。32話の寛弘2年(1005年)では40代か。夫は大江匡衡(まさひら)である。『紫式部日記』では赤染衛門について「中宮様(彰子)や道長様などは彼女を『匡衡衛門(まさひらえもん)』などとあだ名をつけて呼ぶ」と記し、つまり普段から夫のことばかり話す……赤染衛門夫婦の仲睦まじい様子を伝えている。
「帰ってこない夫を待つのにも飽きましたので」というのはドラマオリジナル設定かなと思うが、それはそれとして、ほろ苦い笑みをこぼす凰稀かなめの芝居が、この世代の女の哀愁と強さを感じさせてよい。
晴明は天に昇った
安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)危篤。須麻流(DAIKI)が一心に祈る声を背にしての、道長との別れの場面がよかった。関わってきた数多の権力者たちの誰とも違い、世を平らかに治められるなら自分などはどうなってもいいという道長に、真の統治者としての本領を見出して支え続けた晴明。陰陽師として政の闇を知り尽くした者ゆえに、少しでも善なる部分を持つ者にこの国を任せたいと願い、光を探し求めた末の結論だったろう。
最期の瞬間まで見つめて世の動きを読み続けた満天の星々に迎えられて晴明は天に昇った。須麻流も共に旅立ったのか、はっきりとは描かれない。しかし、この主従は確かに生涯一心同体であった。新しい安倍晴明像を演じたユースケ・サンタマリア、大河ドラマに障がいある俳優として新たな道筋を拓いたDAIKIに拍手を。お疲れ様でした。
よく言ったぞ、道綱!
伊周を陣定(じんのさだめ)に復帰させた帝をお諫めできなかった道長を責める右大臣・顕光(宮川一朗太)に、道綱(上地雄輔)が「左大臣様を責めるのはどうなのですか」「右大臣様がお諫めしてもいいではありませんか!」。よく言ったぞ、道綱!陣定での発言に中身はないが、弟を思うお兄ちゃんとしての言葉を彼は持っている。
皆が反発を覚えているらしき、伊周の復権……不穏な空気漂う内裏を、更に皆既月食の闇が覆う。ひとり『源氏物語』を読みふける一条天皇の表情は、待ちに待った連載作品の続きに熱中する読者の顔である。こんな帝を、これまで見たことがない。一瞬の場面だが、塩野瑛久の巧みな演技が印象的だった。
そこに上がる火の手……敦康親王を守ろうと藤壺に駆けつけた帝が目にしたのは、一人佇む彰子だった。
「そなたは何をしておる!」
「お上はいかがなされたかと思いまして」
誰もが月蝕に怯えて隠れ、火災でパニックになって我先にと逃げ惑うなか、真っ先に敦康親王を逃がし、帝の身を案じて残っていたのだ。なんていじらしい……!
吊り橋効果とはよく言われるが、そういった心理とはまた別に、この混乱においても誠実さを失わない彰子、そして初めてその手を取り肩を抱いて火事場から連れ出してくれた帝。お互いを想う心が芽生えないはずがないだろう。
少女漫画のワンシーンのようなピンチ脱出場面だったが、帝と中宮がふたりでいた、共に避難していたということは『御堂関白記』と『小右記』に記されている。そしてこの時に限らず、内裏で帝や后の周りに誰もいない状態がちょいちょいあったのは『権記』『紫式部日記』を読むとわかる。またまたぁ、勝手にそんな場面作っちゃって! と思ったら史実だった……というのは大河ドラマあるあるだ。
帝と中宮、親王は無事だったが、この火事で三種の神器のひとつ、八咫鏡(やたのかがみ)焼失。八咫鏡、草薙剣の実物はそれぞれ伊勢神宮と熱田神宮にあり、帝の傍にあるのは形代(かたしろ)なのだが、正統な天皇の証を失うということ自体がショッキングだ。ゆえに、
帝の退位を望む者は色めきたつ──気持ちは察するけれど、東宮・居貞親王(いやさだしんのう/木村達成)は、そんなあからさまに喜ばないでほしい。
ついに覆される日が
まひろ初出仕の日。旅立ちを前に、父からの餞の言葉
「お前が女であってよかった」
1話(記事はこちら)からため息まじりに繰り返された「お前が男であったらなぁ」が、ついに覆される日が来た!よかったね、よかったねまひろ……と泣いてしまった。
「姫様」と泣く乙丸にも、もらい泣きだ。これまで彼がまひろから離れたことなんてなかったのだから。「たまには帰ってくるから泣かないで」。うん……そうなんですよね。
そして、ついに藤壺に出仕! あのぉ。同僚となる女房の皆さん? まだ歩いてる段階から睨むのやめて? お互いに目配せするのやめて? おっかないから。
ひとりだけ微笑んでまひろを迎える赤染衛門先生が末席……そう。ここで女房達はその血筋、家柄順に座っている。彼女らはどんな人物か、それはまた次回に!
次週予告。
僧侶が都を練り歩く。強訴ですか? まひろさん寝坊か。公任と斉信「鈍いのは困るな」って誰のこと。女房の皆さん、恒例のひそひそ話ですか! まひろの口から「光る君」の名が……そして帝から直接作者への感想が!中宮様からもご要望が。サブタイトルは
『式部誕生』そう、紫式部じゃないの。藤式部なの。
33話も楽しみですね。
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NHK大河ドラマ『光る君へ』
公式ホームページ
脚本:大石静
制作統括:内田ゆき、松園武大
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、吉田羊、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗 他
プロデューサー:大越大士
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
*このレビューは、ドラマの設定(掲載時点の最新話まで)をもとに記述しています。
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