暮らしに役立つ、知恵がある。

 

香りや味を楽しめ、空間を浄化してくれる、植物の驚くべき能力とは?

日々当たり前のように目にする植物。その驚くべき能力について、あらためてじっくり掘り下げます。

撮影・青木和義 文・嶌 陽子 構成・中條裕子

「アロマテラピーの世界でも、日本の精油が注目されています。」(アロマセラピスト 中村姿乃さん ・左)「日本の山にもおいしいスパイスやハーブがたくさんあるんです。」(フードプロデューサー、 起業家 古谷知華さん ・右)
「アロマテラピーの世界でも、日本の精油が注目されています。」(アロマセラピスト 中村姿乃さん ・左)「日本の山にもおいしいスパイスやハーブがたくさんあるんです。」(フードプロデューサー、 起業家 古谷知華さん ・右)

私たちの暮らしと切っても切り離せない植物の存在。たくさんの恩恵をもたらしてくれる、その力とは? 香りと食という、それぞれ異なるアプローチから植物と関わる2人が、豊かで奥深い世界についてたっぷり語り合った。

中村姿乃さん(以下、中村) 古谷さんが開発した「ともコーラ」を飲みました。いろんなスパイスや柑橘の風味が感じられてすごくおいしかったです! 私はアロマテラピーを通じて植物と関わっているので、食に関しては完全に受け身なんですが、食べるのが好きなので興味があります。

古谷知華さん(以下、古谷) ありがとうございます。私は完全に食から植物の世界に入ったんです。それまでは植物といったらツツジとサクラしか知らない程度でした。ただ食への興味は強かったので、昔からハーブやスパイスには詳しかったんです。

中村 「ともコーラ」はどんなきっかけで生まれたんですか?

古谷 もともと広告代理店にいたのですが、そこでクライアントにクラフトコーラの企画をプレゼンしたのがそもそもの始まりです。その際に自分でハーブやスパイスを使って試作品をつくったんですよ。結局、企画は採用されなかったのですが、その後も自分でつくり続けていたコーラが友人の間で評判になり、それが商品化へつながったんです。

【古谷さんが開発した「飲む植物」。】左・モミ、アカマツ、スギなど日本の山でとれる香木を使った「フォレストシロップ」。中央・古谷さんの原点でもある「ともコーラ」。右・間伐材を使用した「フォレストジン」。
【古谷さんが開発した「飲む植物」。】左・モミ、アカマツ、スギなど日本の山でとれる香木を使った「フォレストシロップ」。中央・古谷さんの原点でもある「ともコーラ」。右・間伐材を使用した「フォレストジン」。

実は日本の山々もスパイスやハーブの宝庫。

中村 古谷さんは日本のスパイスやハーブを探し出して、飲料や食品にも取り入れているんですよね。

古谷 「ともコーラ」も最初は海外の原料を買って使っていたんですが、日本にはこれだけ山があるのだから、独自のスパイスやハーブもあるのではと思い、日本各地の山に入って植物を探し始めたんです。日本のスパイスというとすぐに思い浮かべるのは山椒だと思いますが、それ以外にもシナモン(ニッキ)も胡椒も生えてるし、クロモジやモミの木も料理などに使えるハーブになります。友人と立ち上げた「日本草木研究所」ではスギの新芽をピクルスにしたこともあります。

中村 スギの新芽! どんな味がするんですか?

古谷 青リンゴとタイムの間くらいの味ですね。ビタミンCがものすごく豊富なんですよ。

中村 そうやって日本にあるものを発掘しているんですね。アロマテラピーもヨーロッパのものというイメージが強いですが、日本でも昔から植物を暮らしに取り入れていますし、そもそも森林が多く、木の種類も豊富ですから。

古谷 最近は、日本産の精油も見かけるようになりましたよね。

中村 はい。クロモジやヒバ、クスノキ、ユズなど、国内の材料を使って蒸留された精油が出ていて、私もアロマトリートメントなどでよく使っています。スギやヒノキなど、日本の間伐材や端材から精油を蒸留する動きもあるんです。世界中で日本の精油を使う人が増えれば間伐材も無駄にならないし、日本の林業にもよい影響をもたらすはず。

古谷 「日本草木研究所」でもスギ、ヒノキ、ナラなどの間伐材を使ってジンをつくったんですよ。私も林業を活性化させたいという気持ちは一緒で、食を通じてそれを実現したいんです。今は日本各地に「相棒山」と呼んでいるパートナーの山が15カ所あって、いろんな植物を買い取っています。

香りや味を楽しめ、空間を浄化してくれる、植物の驚くべき能力とは?

香りや味を楽しめる以外に空間を浄化してくれる働きも。

中村 私は嗅覚を使う仕事ですが、古谷さんは味覚を通じて植物と関わっているのがおもしろいなあと思います。

古谷 でも私も森に行くと、まずは植物の香りをかいで、いい香りだなと思ったものを採取しています。たとえば東北地方の高山地帯に生えているオオシラビソ。モミの仲間で別名アオモリトドマツです。葉っぱをとりたてのときはカボスの香りがするんですが、しばらくして乾燥するとベリーの甘い香りになるんです。ちなみに秋田では不吉なことがあると乾燥させたオオシラビソを燃やす習慣もあるそうです。

中村 モミには消臭作用もありますしね。植物が浄化に使われることは海外でも古くからあるみたいです。たとえばローズマリーは邪を払うとされていて玄関先に植えられていたり、教会で使われていたりしますね。

古谷 中村さんはヨーロッパの植物にも詳しいと思いますが、私の印象だとヨーロッパのものは香りも味も強い一方で、日本のものは繊細だけれど比較的地味だなあと。中村さんはどんな違いを感じますか?

青い実をつけた木はピラカンサ。「秋になると実が赤くなるようです」と中村さん。
青い実をつけた木はピラカンサ。「秋になると実が赤くなるようです」と中村さん。

中村 精油に関していうと、日本のものは底力があるというか、時間が経っても香りの印象が変わらないものが多い気がします。あと、日本に長く住んでいる人は、スギやヒノキ、ユズなどの日本の精油の香りを「懐かしい」「安心する」と感じるみたいです。香りは記憶と強く結びつきますから。一方、確かにヨーロッパの精油は概して香りにパンチがありますが、比較的短時間で印象が変化するように感じます。

古谷 南フランスのハーブ農家にも何度も行かれているとか。

中村 取材で度々行っていて、行くたびに発見があります。たとえばラベンダーを育てている小規模農家では、ラベンダーだけの畑にせず、あえて他の種類のハーブと混在させているんですよ。というのも、植物の香り成分は身を守り、子孫を残すためのものなので、過保護に育てると成分が減ってしまうこともあるんです。だからいろんな植物と隣り合わせて強くさせるとのこと。それを説明してくれたマダムが「人間と一緒よ」と。植物を通じて人生を教えてもらうこともありますね。

中村さんが愛用している日本と海外と、さまざまな精油の香りを試す古谷さん。
中村さんが愛用している日本と海外と、さまざまな精油の香りを試す古谷さん。

香りや味、音や眺め……。五感に働きかけてくれる。

古谷 私、森に行くとすごく体調がよくなるんです。数年前から狭心症の一種にかかってしまい、呼吸がすごく苦しくなる時期もあったんですが、先日仕事で東北地方の山に2週間ほどずっと入っていたら、ここ数年で一番と言っていいほど元気になりました。

中村 私もアロマテラピーの仕事を始めてからほぼ風邪をひいたことがありません。あと、イライラすることもなくなったかな。南フランスの農場に行くと、農家の人たちもすごく生き生きとしていておしゃれ。そうした植物と人間の関係を見ることでも元気をもらえますね。

「イライラすることもなくなりましたね。」中村さん・左 「しばらく森の中にいたらすごく元気になりました。」古谷さん・右
「イライラすることもなくなりましたね。」中村さん・左 「しばらく森の中にいたらすごく元気になりました。」古谷さん・右

古谷 森に行くとコルチゾールというストレスホルモンが減るなど、心身にさまざまな効果があるそうですよね。森林セラピーをしている人に聞いたんですが、一度森に入るとその効果が1カ月半続くそうなんです。都会で暮らしてる場合じゃないなと(笑)。

中村 森の中で散歩したりレクリエーションをしたりすることでストレスを緩和する森林療法は、最近は自治体が町おこしの一環として行っているケースもあるみたいです。

香りや味を楽しめ、空間を浄化してくれる、植物の驚くべき能力とは?

古谷 皆さんになるべく森に行ってほしいです! 日本企業は、社用森林を持つといいんじゃないかな。そこにサテライトオフィスをつくるとか。

中村 そこまでできなくても、たとえばある企業では休憩室に植物をたくさん並べて、木の香りの精油を焚いているそうです。それによって仕事の効率も上がったとか。香りって脳に直接届くものなので、植物の香りをかぐのはとてもよい影響があると思います。それと同時に植物を置いたり、森林の音を聴いたりして五感を刺激してあげるといいかもしれませんね。古谷さんがつくっているような飲み物、食べ物も口からダイレクトに植物の力を取り入れられるので、すごくよさそうです。

古谷 フランスでは精油を料理に使うこともあるんですか?

中村さん愛用、西洋と日本の精油。中村さんがアロマテラピーのスクールやサロンで使っている精油。左はベルギーのプラナロム社の精油。中央は飛騨高山の和精油ブランド「yuica(ゆいか)」、右は南会津「一十八日(じゅうはちにち)」のもの。
中村さん愛用、西洋と日本の精油。中村さんがアロマテラピーのスクールやサロンで使っている精油。左はベルギーのプラナロム社の精油。中央は飛騨高山の和精油ブランド「yuica(ゆいか)」、右は南会津「一十八日(じゅうはちにち)」のもの。

中村 正しい知識を持っている専門家が、ごく少量使うことはあるようです。それから、精油を植物油で希釈してカプセルに入れたものなどが薬局で販売されていることもあります。

古谷 日本でも植物のフレーバーオイルを上手に使っているレストランがあって、私も行ったことがありますがすごくおいしかったです。

中村 眺めたり、音を聴いたり、香りをかいだり、食べたり飲んだり。いろんなアプローチを通じて心身を元気にできるのが、植物のすごいところだなあとあらためて思います。

古谷 私は、そういう植物の力、森林資源を活用していくことで日本の山を守りたいと思っているんです。だから日本の植物をもっといろんなメーカーに使ってもらいたいと思っています。

中村 私も日本のアロマテラピーをもっと海外に発信したいんです。それによって日本の植物の力が注目され、ひいては林業や農業の発展につながれば、こんなにうれしいことはないですね。

香りや味を楽しめ、空間を浄化してくれる、植物の驚くべき能力とは?
  • 中村姿乃

    中村姿乃 さん (なかむら・しの)

    アロマセラピスト

    東京・西荻窪のアロマテラピースクールとサロン「野枝アロマ」代表。著書に『歴史や物語から楽しむ あたらしい植物療法の教科書』(翔泳社)。

  • 古谷知華

    古谷知華 さん (ふるや・ともか)

    フードプロデューサー、起業家

    広告代理店勤務を経て、クラフトコーラ「ともコーラ」などの飲食ブランドを立ち上げる。2021年「日本草木研究所」を設立。

『クロワッサン』1123号より

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