100種類以上のバターを味比べした二人が語り合う、自分好みのバターの見つけ方と用途別おすすめバター。
撮影・小林キユウ スタイリング・矢口紀子 文・三浦天紗子
最近、何かと話題のバターグルメ。バターを前面に押し出したパンや和菓子を含めたスイーツはもちろん、バターそのものが注目を集めています。個性豊かな国内外のバターが手に入るようになってきた今だからこそ、自分好みのバターを見つけたい! 100種類以上のバターを味比べした編集者の津田淳子さんと「バターマニア」主宰の長尾絢乃さんに聞いてみました
津田淳子さん(以下、津田) 昭和の子どもなので、ふだんパンに塗ってたのはマーガリンなんですよね。でもお歳暮とかで乳製品の詰め合わせが家に届くと、缶入りのバターが入っていて。その時期だけ食べさせてもらえるバターがうれしかった。親は惜しみ惜しみしか出さないので、兄と夜中にこっそり食べたり。
長尾絢乃さん(以下、長尾) バター好きの人は、何かしらバターの美味しさに目覚めた原体験がありますよね。私の場合は、父が教えてくれたバターごはんでした。お茶碗に炊きたてごはんをよそってくぼみを作り、そこに多めのバター。ごはんでちょっと蓋をして、溶けたころに醤油を回しかける。大人になってからは醤油じゃなく、バターの甘みとまろやかさを黒こしょうで引き締めた「大人のバターごはん」など、いろいろな食べ方にハマりました。
津田 なるほど、いいですね。
バターを徹底的に食べ比べてみたら。
長尾 津田さんはいつごろから本格的にバターに目覚めたんですか。
津田 忘れられないのは、グルメの友人たちと出かけたパリ郊外での体験ですね。10数年前かなあ。まず私たちがバターの話で盛り上がっていたんですよ。それを聞いていた郊外のマーケットのおじさんが、「バター好きだったらここで食べろ」と紹介してくれたところの貝のソテーが本当に美味しくて。
長尾 どこのバターだったんですか。
津田 調べたら、使われていたのがボルディエの海藻入りバターだったんです。旅好きなので、旅先でいろいろなバターに出合ったことで、バター熱が加速。空港とか市場とかで必ずバターチェックします(笑)。
長尾 バターチェック、私もします。旅先で目ざとく見つけていろいろ買ってしまいますね。ひとりだと食べきれないけれど、友人とシェアして。
津田 いまやご当地バターは、旅好きの女性たちのお土産のトレンドかもしれません。
長尾 私が「実はこんなにバター好きだったのか」と自覚したのは、仕事を通じてなんですよね。もともと私は大学が畜産関係でした。牧場実習に行って、搾りたての牛乳の美味しさに感動したんです。牛もかわいくて、自分は単なる牛好きだと思っていた(笑)。その後、富澤商店に入社して、売るならもっと知らなきゃとバターの研究をするように。それでテレビの『マツコの知らない世界』に出たり、津田さんにお声がけいただいて『バターの本』で試食しまくったりして、自分のバター観もできてきました。実際、どのバターがおすすめかとか、自分好みのバターをどうやって見つければいいのかとか、聞かれませんか。
津田 聞かれます。実はあの本を作るときに120種類弱を3日間くらいで一気に食べたんです。そうしたら、ちょっとわかってきたんですよ。もちろん誰にでも当てはまるわけではないですよ。私なりに、です。まずは、牛の種類かなと。日本のバターのほとんどがホルスタイン種の生乳から作られています。でもイギリスのジャージー島に由来するジャージー種の生乳で作るメーカーさんもある。私が好きだなと思うバターは、そのジャージー種のものが圧倒的に多いんです。あと、発酵と非発酵だったら、発酵バター派です。
長尾 クリームを攪拌する際に乳酸菌を加えて作るのが発酵バター。フランスのはほとんど発酵タイプですよね。乳酸菌が入っているといっても酸味というよりもすっきりとした味わいが特徴で、独特のコクと旨味がある感じ。逆に、国産のは非発酵バターが主流で、さっぱりしています。
津田 好きなバターの条件でもうひとつ肝心なのは、昔ながらのチャーン製法で作られたものであること、でした。
---バターをもっと知るための重要ワード---
●チャーン製法
クリームを激しく攪拌(チャーニング)するためのハンドルが付いた回転式の製造機を、バターチャーンと呼ぶ。その昔ながらの製法のこと。古くは木製だったが、現在はステンレス製が多い。
●バターの色
決め手となるのは牛の種類、原材料となる生乳のカロテンの含有量。グラスフェッドという牧草だけを餌にして育てられた牛のミルクは黄みが強い。栄養分に関しては、黄色も白も大差なし。
●バターの保存
開封すると風味が落ちるため、1週間程度で食べきれる量は冷蔵庫へ。残りは小分けにし、ラップやホイルに包み冷凍庫へ。冷凍庫のにおいが移らないよう、密封袋や容器に入れて保存する。
自分好みのバターの条件を見極める楽しさ。
長尾 ジャージー牛、発酵、チャーン製法。その3つが、津田さんのバター選びのポイントなんですね。わかります。私は、実は塩分量がわりと気になるんですよね。日本の有塩バターって、だいたい1.0〜1.5%前後の塩分量になっていますよね。海外のはもっと強くて、たとえば3~3.5%くらいのが流通しています。でもバターの塩分って、しょっぱいかどうかより、もっと根本的な味の違いを生んでいる気がします。有塩だとバターの味が濃く感じられる。不使用だとクリーミーさが際立つ。私が買うのはほぼ食塩不使用バターです。
津田 バターごはんのときも食塩不使用を使うんですか。
長尾 そうですね。塩味が欲しければ醤油でつけます。私がバターをどんどん使うのはお菓子作りや料理のときなので、食塩不使用のほうが使い勝手がいいんです。生乳のコクが、他の食材と合わせたときにはっきり味わえるから好きですね。よく思うのが、バターってたぶんワインと同じなんですよ。テロワール(土壌)の賜物なんです。ぶどうが育つ土壌がワインの味を変えるように、牛が食べる牧草の成分が生乳の味、ひいてはバターの味や色や風味といった個性を決めていくわけですから。
津田 そうそう、草とか飼育法とかもいろいろ工夫されていますよね。通年、昼夜問わず、山の中で放牧している酪農家さんもいるし。そういう徹底的なグラスフェッドで育てているところもあれば、冬場はどうしても牧草だけでは難しくて、枯れ草などの飼料を混ぜるところもある。それで、季節によってバターの色が白っぽくなったりする変化も面白いです。
好みがわからないうちは、パケ買いもあり。
長尾 どのバターも本来、お母さん牛が子どもを産んで、その子牛が飲むべきミルクを我々人間がもらって、加工させてもらうわけです。バターの美味しさは母牛の愛ですよ。ごめんなさい。大きなことを言ってしまった(笑)。
津田 いえ、そのとおり(笑)。バターって生乳と塩だけで作るシンプルなものなのにどれも美味しい。私はいまほどにはバターに詳しくなかったころ、かわいいパッケージだったらとりあえず買う、とパケ買いしていました。そうして自分好みのものを探す過程も楽しいです。
■トーストにおすすめ
こんがり焼いたパンに合わせるときは、香りが高く味に奥行きのある発酵タイプ。
津田さんおすすめ|エシレ バター(有塩)
日本で輸入バターと言えばこのブランド。フランス産A.O.P認定の発酵バター"エシレ"。「トーストには、エシレと生クリームを合わせた自家製ホイップバターをのせて、溶け感を楽しみます」。
長尾さんおすすめ|よつ葉 パンにおいしい発酵バター
原料乳は北海道十勝産の生乳。「中でも『パンにおいしい』シリーズはホイップされているのでパンの上で溶けやすく、使い勝手もよし。ミルクの風味が感じられつつ、後味はさっぱり」。
■テーブルパンにおすすめ
パンの美味しさとバターの美味しさのハーモニーをダイレクトに楽しみたいなら。
津田さんおすすめ|とよとみフレーバーバター (いちご、さくらんぼ、ドライフルーツ)
チャーン製法によるバターづくり。合わせた食材もこだわりの北海道産のものを多数使用。「フレーバーが豊富で目移りします」。
長尾さんおすすめ|八丈島ジャージーバター(有塩)
島固有の草を食べて育ち、季節によって黄色みが変わるのが特徴。「脂肪分の多いジャージー種独特の濃厚さが魅力。どんなパンとも相性がよく、しっかりしたバターの風味を楽しみたいときに」。
■温野菜におすすめ
食材の旨味を引き出し、同時に香りと風味を引き立てるバランスが味の決め手に。
津田さんおすすめ|町村農場 特製新鮮純良バター
創業者は明治時代にアメリカで酪農を学んだ。「自社牧場産の牛乳から生クリームを作り、一晩寝かせてまろやかな風味を引き立たせてから加工。白アスパラのバターソテーにぴったり」。
長尾さんおすすめ|佐渡バター(無塩)
伝統的なバターチャーン製法を用い、手作りで練り上げる。「豊かな風味は野菜と相性抜群。どこで買えるかを随時チェックするほど好きなブランドです」。
■注目のバター
地域の特性を活かし、製法などにもこだわった製造者が続々登場。注目株の国産バター。
津田さんおすすめ|ザ・チーズガイ・イン・オキナワ 発酵バター 有塩
沖縄でイギリス人が独学で始めたクラフトメーカー。バターほかチーズとヨーグルトを製造販売。「沖縄本島の南東、南城市にあります。那覇から30分くらい」。
長尾さんおすすめ|BUTTER 美瑛放牧酪農場 ミルクを食べるバター(有塩)
東京・丸ビル内にショップがあり、できたてバターが買える。併設のカフェも大人気。「北海道の自社牧場の生乳からできるクリームを殺菌冷却し、輸送中にエージング。加工は東京でするというコンセプトがすごいです」。
※掲載したバターは一時的に品薄になることがあります。
『クロワッサン』1119号より