『ひとっこひとり』著者、東 直子さんインタビュー。「孤独な一人と一人が出会う12の短編です」
撮影・村上未知 文・鳥澤 光
「孤独な一人と一人が出会う12の短編です」
歌人として活動しながら、小説、エッセイ、イラストに、脚本や絵本の仕事も手がける東直子さん。小説としては『階段にパレット』から2年半ぶり、14作目となる『ひとっこひとり』が完成した。
「今回の短編集では、久しぶりに『とりつくしま』形式を採用して小説を書きました。『とりつくしま』なら『がない』、『ひとっこひとり』なら『いない』。どちらも後ろに続く打ち消しの語を省いた形でタイトルをつけています。
1話ずつ主人公が変わるのも、1編ずつの長さもほぼ同じ。日常生活のなかで交わされる、なんでもないひと言の重みや、言葉そのものが持つ響きや味わいを考えながら書き進めていきました」
『ひとっこひとり』の目次には、「大丈夫」「ごめん」「覚えてる?」「もういいよ」など、馴染み深い言葉が柔らかな質感を湛えて並ぶ。
「どこかに孤独を抱えている人物を主軸に、一人が一人に出会い、言葉を交わすことによってその関係がわずかに変化する。そんな瞬間を描いた12編になりました。
孤独といってもネガティブな意味合いではないんです。一人一人が自立した上で共有できる部分があるという状態を幸福と呼ぶのではないか、という考えをもともと持っていて。家族でも、恋人や友人でも、この人がいなければ生きていけない、というほどの関係って、素敵なようで苦しい面もありますよね。
だから、一人でいることの楽しさと、一人ではないからこその楽しさの両方を書きたいと思いました。コロナ禍によって、人との距離や生活の形が変化したことも、このテーマを選んだきっかけになりました」
登場人物と読み手が共に体験する、言葉の奇跡。
新しい秘密を抱えた主婦、母を喪った娘、祖父の言葉を思い出す中学生、シングルファザーと高校生の娘、中学時代の教師に再会するサラリーマン、詩集の言葉で繋がる二人の女性など、12編にはさまざまな「ひとり」が登場する。
「どういう人を書くか、というのが一番悩んだ点です。
年代や家族構成など、キャラクターの造形がざっくりと見えてきた段階で、プロットや結末は考えずに書き始めました。名前をつけ、書き進めるうちにだんだんと性格も固まっていったというか、登場人物と同じように悩みながら、一緒に出口を探すようにして進んでいきました。
この世界のどこかで、きっとこんなふうに生きている人がいる。そんな想像のもとに、現代の日本を描きたいという欲求がありました」
そうして生まれたキャラクターに、身近な人物や自分自身の断片を見つけ、読み手は一歩、二歩と物語に近づき、言葉がもたらす小さな奇跡を一緒に体験することになる。人と言葉との個別のかかわりが普遍性を帯びる。
この読み心地は、同時期に発表された『現代短歌版百人一首 花々は色あせるのね』にも通じて、言葉が持つ永遠性と、その射程の明るい広がりを予感させてくれる。
『クロワッサン』1103号より
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